Friendster、今こそ話す全ての真相

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New York TimesでGary Rivlin がとうとう Friendster の「全ての真相」記事を書いた。皆が(私も含めて)そのうち書いてやるぞといって脅していた記事である。要するにヒドイ話なのだ。記事に出てくる人間のほとんどはここに書かれたことで嫌な思いをしているに違いない。多くの関係者はこういう記事が書かれるのを防ごうといろいろと努力していた。

2003年、Friendster はGoogleからの$30M (3000万ドル)での買収提案を拒絶した。

それ以来すべては坂道を転げ落ちるように悪化の一途となった。

ファウンダーの Jonathan Abrams はGoogleへの売却の代わりにベンチャー資金を導入した。Friendster は結局 Kleiner Perkins Caufield & Byers、BenchMark Capital、Battery Venturesからの投資を受けた。その結果、シリコンバレーでもっとも有名で成功しているベンチャーキャピタリストのいく人かがFriendsterの取締役会に加わった。

Friendster は MySpace のブレークと同時につまづいた。Friendster のユーザーが当時注目を集め始めていたMySpaceへ逃げ出した理由として、ユーザーの増加に伴なって急激に Friendster[のシステムの反応速度]が遅くなっていったことを挙げる意見が多い。もし Friendster に成長に伴なうシステム拡張を適切に処理できる能力があったら MySpace は今日のような毎日10億ページビューを誇る怪物に成長するチャンスは絶対になかったはずだと思う。

Friendster の失敗のキーポイントとして、破滅的なまでに拡張性に乏しかった当初のアーキテクチャー、派手好きで現実感覚に乏しい CEOが歴代 (Tim Koogle、それから Scott Sassa、それから Taek Kwan)続いたこと、トップレベルでの社内抗争 (特にサービス担当VP vs. エンジニアリング担当VP) が激しかったこと、取締役、役員のレベルで全般的に意識が傲慢だったこと、などが挙げられている。記事では誰もかれも、Kleiner Perkins のパートナー、John Doerr や元パートナーの Russ Siegelman まで容赦なく批判の対象になっている。

2005年末にあらためて売却を試みて失敗した後、今年初めに資本の増強が行われ、Friendsterのファウンダーの一人Kent Lindstrom が社長に返り咲いた。彼は自分の功績を言いふらしたがるタイプではないが、現在 Friendster は業績が少なくとも上向いてきたようだ。Kent はFriendster がずっと必要としてきた人材―サービスの改善に取り組む地味だが着実なリーダーだ。

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