ロングテール理論にケチをつけた

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インターネットがほぼ無限に商品を在庫できるからといって、消費者が埋もれていた商品を大量に買い始めるわけではない。これがハーバードビジネススクールのAnita Elberse准教授の、ロングテール理論の聖域にメスを入れた最近のHarvard Business Review掲載の論文で下した結論だ。

ロングテールはWiredの編集者Chris Andersonによる理論(同じ名前の記事と、これを元にした書籍に由来する)で、さまざまな種類の商品が容易に販売できるようになると、消費者が自分の興味や風変わりなニーズにぴったり一致する商品を、分布曲線の長い裾野部分にまで探しにいって見つけ出すというものだ。Elberseがこの考えに疑問を呈す。

果たしてロングテールのビジネスが、常識や慣習に捉れないの因習打破を唱える多くの人々によって生みだされているのかとえば、答えは間違いなくノーである。

裾野が広がったということに異論はないが(人目に触れにくい商品が日に日に増えているのは明らか)、その裾は異常なほど平坦で、そこにひしめく商品のほとんどが、本物の大ヒット商品を求め続ける消費者のほんの気晴らしである可能性が高い。したがって、この裾野で大きなお金が動くかどうかはきわめて疑わしい。

Elberseは、Rhapsody、Quickflix(Netflixのオーストラリア版)およびNielsenの楽曲と映画のデータを調べた。Rhapsodyについて調べた100万曲のうち、上位1%が総再生回数の32%を占め、上位10%の再生が78%だった。同じくQuickflixのビデオの上位1%がレンタルの18%、上位10%がレンタルの48%を占めた。Andersonはこれに反論して、Elberseの「Head」(頂上)と「Tail」(裾野)の定義が自分とは異なると言っている。さらに、それを踏まえてもRhapsodyの楽曲の1%といえば1万曲で、これは通常のレコード店にある曲目の数より多いとも語る。

この研究でさらに興味を引くのが、Elberseが、消費者はたとえ選択肢が増えたときでも、「頂上」を作るヒット商品に群がる、という証拠を引用していることだ。これは恐らく、人間がみなレミングだから、というより音楽や映画の嗜好にはソーシャルな要素があるからだと言えよう。好きな歌や映画というのは、他の誰かも好きだからであることが多い。何もないところから嗜好は生まれない。社会に後押しされるものである。

人知れぬ商品を買いに走る野趣あふれた消費者でさえ、買うのはロングテールよりヒット商品の方が多い。たとえば、QuickFlixユーザーで分布曲線の下位10%の映画を借りた人でも、そうしたのはその人のレンタル全体の8%にすぎない。この人たちがレンタルした中で最大を占める(34%)のは上位10%のタイトルで、これは他のみんなと変わらない。(下の図で棒の赤い部分が映画タイトルの上位10%、黒が下位10%を表す。それぞれの棒は、ユーザー集団別にレンタルの10区分の人気ランキングの割合を示している)。Elberseの結論はこうだ。

顧客基盤をどの方向から切ってみても、無名のタイトルの占める割合は小さい。オンライン販売チャネルが市場の需要に与えた影響の平均的な図式が浮かびあがってくる。ヒット商品は、裾野の果てまで探しにいく人たちの間でさえも支配的だ。また、ヒット商品は無名商品よりも好まれている。人知れぬ本や映画や歌が熱愛されている、というのは神話だろう。消費者がインターネットチャネルで買うものは、ふだん買っているものと大して変わらない。

では、これでロングテール理論は覆えされたのか。そうは言っていない。(Lee Gomesは喜々として葬ろうとしているが)。無限の在庫と完璧な検索の時代にあってさえ、われわれが思っていた以上にヒット作品の息が長いということを、言っているにすぎない。

だからといってロングテールに金が落ちていないと言うのはナンセンス。きめ細かく散らばっていて見つけにくいというだけだ。たしかに、集める方法を見つけ出した企業は多くない。AdSenceと検索広告を作ったGoogleはその1つだ。検索広告ひとつひとつは取りに足らないが、このよく見えない取引の積み重ねが何十億ドルにもなったのだ。

これは他の市場でも繰り返されるのだろうか。Elberseは、需要が底を打っているという。新たな需要を呼ぶことができたとしても、ロングテールビジネスで大きな利益をあげるのは難しい。経済は変わった。そして、Googleは新しいルール、というよりは例外だろう。しかし、ロングテール需要を無視することもできない。

要するにElberseの二分選択が間違っていたのだ。選ぶべきはheadかtailではない。両方だ。

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(翻訳:Nob Takahashi)