「ネットが無かったらオバマ大統領はなかった」~政治勢力としてのインターネット

次の記事

アマゾン「Startup Challenge」最終候補発表、賞金10万ドルを手にするのは誰?

今朝(米国時間11/7)、サンフランシスコのWeb 2.0サミットで「ウェブと政治」をテーマに討論会が開かれた。司会は『New York Magazine』エディターJohn Heilemann。ゲストはギャビン・ニューサム(SF市長)、アリアナ・ハッフィントン(政治ブロガー)、ジョー・トリッピ(民主の政治戦略家。インターネット選挙の教祖として知られる。日本語解説)。

セッションの口火を切ったのはHeilemann記者。ジョン・F.・ケネディ大統領誕生の1960年選挙でテレビがディスラプティブな役割を果たしたように、今回の2008年大統領選ではインターネットがディスラプティブな役割りを果たした、と語った。どちらの選挙でも新しい媒体というわけではなかったが、媒体として“機が熟し”、選挙の大勢を当選者サイドに揺り動かす機動力となった。特にケネディは選挙でTV広告を大々的に利用し、アメリカの有権者に直接訴えかけたことで有名だ。メイクアップみたいな単純なことも積極的に受け入れた。:

ジョン・F.・ケネディとリチャード・M.・ニクソンのTV討論中継はおそらく1960年の選挙の行方を左右する最も決定的出来事だった。新メディアとしてのテレビの成長、ラジオの利用減が、今日ある選挙の進め方に大きな変革をもたらしたのである。

テレビ出演の際、ニクソンはメイクアップを拒んだ。そのため、照明の下では無精ひげもロクに剃らない、くたびれて、汗だくの人に見えた。ケネディはメイクばっちりだったので血色も良く、ニクソンより落ち着いて見えた。ケネディは討論前、バケーションから真っ黒に日焼けしてモテ顔になって帰還した。ケネディは身なりの整った二枚目に見えたのみならず、その濃紺スーツはグレイの背景から飛び出して見えたのである。ニクソンのスーツはグレイだったため、後ろのカーテンに溶け込んでしまった。

これらの要素が組み合わさり、テレビ視聴者の間では全員一致で「ケネディの勝ち」と出た。リチャード・ニクソンの深く、強く、ラジオ向きの声はラジオ視聴者みんなを虜にし、ラジオで同じ討論を聴いていた人たちは全員一致で「ニクソンの勝ち」だと思った。ニクソンはケネディより出馬は早かったのだ。ところがこの時点を境に新媒体のテレビが大統領選を変え、1960年の選挙は後世まで重要な転機として歴史に記されることとなった。 ラジオの声が敗北し、それに代わって“候補者中心”のテレビを使った選挙運動が勝利したのだ。(ソース:「テレビは1960年の大統領選にどのような影響を与えたのですか?」)

インターネットの力が無かったら、オバマは大統領になれなかった―ハッフィントン女史はズバリこう語る。トリッピは、オバマのYouTube動画は全部で1450万時間分の視聴時間を集めている、と指摘。(トリッピ氏自身がネット選挙を仕掛けた)ハワード・ディーンの選挙活動を引き合いに出し、ネットはこれまでも選挙で使われてきたけども、オバマはオンライン動画からブログ、ソーシャルネットワーキング、選挙資金集めに至るまで、本当に選挙のあらゆる面でネットをテコにフル活用した、と評した。

パネリストの面々はさらに、単に各候補の談話を伝えるだけで、誰が正しく、誰が間違ってるかも言わないメインストリームメディアの政治報道がいかにダメかを語り合った。曰く、ブロゴスフィア(特にここに来ているトリッピとハッフィントン)はメインストリームの報道媒体より、事実と違っていればそれを声高に叫ぶ傾向があるという。

前のハワード・ディーンの選挙は、ネットを利用してたくさんの資金をオンラインで調達できることを示した。でも、ニューサム市長に言わせると、ソーシャルネットワーキングの方が格段に影響力も大きく、候補者と有権者の間にも、ずっと意味ある繋がりが築けるという。そんな市長は「Facebook中毒」だそうだ。

ニューサム市長はまた、「候補が話した内容はどんな一言でも、どういう風に話したかまで」オンラインで見つかるので、みんなそれを見直して判断材料にできると語り、四六時中“オンエア”でいなくちゃならない今の候補者は、果たして前より信頼できるのかできないのか、その辺はどうなんだろうと、疑問を投げかけた。

[原文へ]

(翻訳:satomi)