音楽を盗むこと: それは悪か善か?

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音楽は単純なものだった。ラジオでタダで聞く。ただし、何がかかるか分からないし、コマーシャルが多い。コンサートにはお金を払って行った。レコードやテープやCDも買った。CDをカセットテープにコピーして友だちにあげた。P2Pの音楽海賊がやってるのは、まさにこれだ。音楽を盗むことは、お店でCDやカセットを万引きすることで、だれもがそれは“悪いこと”だと自覚している。

だいたい30歳以上の年寄りが音楽のダウンロードは倫理に反する悪だと思うのは、それが盗みだと思うからだ。彼らは、音楽はお金を払うものと記憶している。でも、彼らももちろん音楽をダウンロードしている。ただし、彼らの良心は、ダウンロードした曲を聴くたびにチクチク痛む。

でも90年代以降に音楽を発見して好きになった人には、録音された音楽の聴き方の善悪という概念がこんりんざいない。彼らに、善悪判断を期待するのは無理だ。

しばらく、法律のことは忘れよう。この記事は法に触れる触れないではなくて善悪がテーマだ。政府機関やレコード会社は、インターネットで音楽をダウンロードして聴くことは、それにお金を払わなければ窃盗だとガミガミ言う。映画館で映画の上映前にも、そんなメッセージのコマーシャル(?)を見せられる。BitTorrentで音楽をダウンロードした12歳の少年たちが、訴えられる。われわれの政府は、音楽の海賊行為をやってると主権国家を脅すことすらする。

でもこの数年間で境界線がぼやけて、もう本当は境界線なんかないという状態になってきた。MySpace Musicなどいろんなサイトで、みんなが無料でオンデマンドのストリーミング音楽を聴いている。MySpaceならいいが、Project Playlistはだめ。後者は正しい契約をしていないから? わずか2年前には、インターネットの上で無料のストリーミング音楽を聴くことは例外なく著作権侵害で、不道徳のレッテルを貼られた。今では、何も問題ない。音声のコマーシャルを聞かずにすますことすらできる。

でも、ストリーミングではなくダウンロードは今でも悪か? そんなことはない。中国に住んでいる人は、Googleから無料で合法的に音楽をダウンロードできる。ノープロブレムだ。

さっきは、法律のことをしばらく忘れようと言った。でもそろそろ思いだそう。なぜなら、レコード会社が残した遺産は、法律と、合衆国政府の録音された音楽に対する著作権法の不条理な適用と、その永続の意思だ。まともな心の持ち主なら誰も、インターネットで音楽をダウンロードすることが今でも“悪”だなんて説をひねり出すことはできない。レコード会社が遺したものは、法律だけだ。

そのうち、インターネットの現実も法律の改正を強要するだろう。いずれにしても、レコード会社は最後には降伏するし、録音された音楽は無料になる

そうなるまでは、音楽のダウンロードや共有化を後ろめたく思うことを拒否したい。なにかの曲を聴いたり、友だちと共有するたびに、レコード会社にとって有利なことをしているのだ※。だから彼らこそ、ぼくたちにお金を払うべきだ。その日が来るまでは、ぼくが倫理的にいけないことをしているなんて考えたり言ったりしないでほしい。中国では、レコード会社が、それはまったく合法的だと、にこにこ顔で認めているのだから。

〔※訳注:例–たとえば先日はBlack Box Revelationの無料ビデオを見て(聴いて)、彼らのCD(==今やファングッズの一種)を買う気になった。コンサートにも(国内であれば)行きたい。それは、人の心に対する、昔のFMラジオ(無料!)のはたらきと同じだ。〕

[原文へ]

(翻訳:hiwa)

“音楽を盗むこと: それは悪か善か?” への7件のフィードバック

  1. shibata より:

    重要なのはレコード会社がフェアな利益を得られなければならないことだ。彼らは奉仕で事業を行っているわけではない。音楽作成に投資し、販売して利益を回収しなければいけない。なのに、「ネットはこういう流れなんだからあきらめろよ」というのは酷である。

    >レコード会社にとって有利なことをしているのだ

    って、この理論でいけば、無料ビデオを見て、今度は無料MP3を検索してダウンロードをするのが普通ではないだろうか?CD(ファングッズ)を購入するのは本当に一部の一部であり、それが大きな利益をもたらすことはあまり期待できない。ここでいう30歳以上の年寄りはCDのノスタルジーに浸れるが、最近のネットとともに育った若者はそもそもCDなどの物理的なものに興味もないだろう。この流れだと音楽も動画も、今後は写真集(本)もデジタルで無料にダウンロードするようになり物理的なものはいっさい不要になる。

    簡単にいうと、音楽ビジネスはまずくなった、ということに尽きる。もしこの筆者の考える流れになるとすれば、音楽業界はデジタル・オンラインではなく現場で収益をあげる方向へシフトするだろう。コンサートだ。チケット値上げだね。

    • naka より:

      レコード会社はもう要らなくって、「CD会社」と言われない時点で過去の遺物なんじゃないか、と思いましたー。

    • ambiru より:

      僕は音楽を無料にしたところでレコード会社が利益を作れないとは思わない。レコード会社もそろそろ頭を使って今までの様にCD販売に過度に期待したり、コンサートチケットを値上げしたりと言う安易な発想では無いビジネスモデルを必要とする時期に来たんだと思う。
      無料で音楽を広めることが出来るというのは名もないアーティストが良い楽曲一つでプロモーション無しでも、人気になることが出来るって言うことだ。
      物理的なものは一切不要になるかどうかについても、全くそんなことはないと思う。無料のデータが増えれば増えるほどデータに価値が無くなり、物理的なCDやレコードの価値が増えるものではないだろうか。
      例えばAmazonのKindleデータよりも印刷出版された書籍の価値は向上するのではないだろうか。
      未来を想像するということは容易くはない。ただ時代の流れには法律なんかでは全く逆らう事は出来ない。流れに沿ったり乗ったりした生き方を見つけていくしかないのである。レコード会社も同じである。

    • kurueru より:

      それでいいんじゃないの?音楽活動はファン向け活動の手段のひとつになるね。
      音楽というソフトの価値は、万人が作れるか否かということだった。昔は音楽人口や機材によって希少価値があった。それにマス媒体の発達があって、儲ける事ができた。しかし今は垣根がかなり小さくなってちまたに音楽があふれる事によって希少価値がなくなった。
      価値の不均衡が商業的優位を成立させていたのだから、それが極めて小さくなったいま、音楽だけで商売していく事はもはや相当難しいと思うね。
      だからファン向け活動、つまりアイドル性やカリスマ性、特別な空間体験の享受という価値を売り物にしていくのが自然じゃないかな。
      個人的には、ひとめぐりして元の鞘に収まるのか、と言う感想。

  2. 音楽を盗むこと: それは悪か善か?…

    音楽を盗むこと: それは悪か善か?
     この記事を見ていて思ったのですけれども、コンテンツ産業の今までのモデルは、リリース後にCDを買って貰う「後払い制」から、リリース前に予約…

  3. […] でも90年代以降に音楽を発見して好きになった人には、録音された音楽の聴き方の善悪という概念がこんりんざいない。彼らに、善悪判断を期待するのは無理だ。 via jp.techcrunch.com […]

  4. Corns Blog より:

    音楽を盗むこと: それは悪か善か?…

    リンク: 音楽を盗むこと: それは悪か善か? 音楽のダウンロードや共有化を後ろめ…

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