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スタートアップ・ビザ。ゼノフォビア共が引っ込んでいるべき理由

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Immigration移住に関する研究論文を発表したり、BusinessWeekTechCrunchに記事を書いたりする度に、ゼノフォビア[外国人恐怖症]の連中が湧いて出て、思慮のない攻撃を仕掛けてくる。コメント欄を不快なメッセージで埋めつくし、私宛には汚らわしいメールを送り付け、時には危害を加えると脅しをかける。それでも、最近BusinessWeekに書いたスタートアップ・ビザ関するコラムは、そういう可哀想な人たちでさえ支持するであろう説得力のある意見だと確信していた。

要するにこのビザは、アメリカに職を生み出し、さもなくば他の国で起きていたはずのイノベーションをこの国で起こそうというものだ。これは、時に高給な職をアメリカ人と奪い合うH-1Bビザを承認しようというわけではなく、皆のためにパイを広げてくれる起業家を連れてくる話だ。民主党ばかりか共和党もこれを支持している(共和党の思想的リーダーであるNewt Gingrichがブログで移住に関する私のTechCrunchの記事を取り上げていて、彼のスタッフによると、Gingrichはスタートアップビザの支持者だという)。だから、簡単な話だと思っていた。

だが、しかし、この連中に論理は通用しない。私はまた見慣れた嫌がらせメールを受け取り、BusinessWeekの読者フィードバック欄は再びハイジャックされた。彼らの主張の殆どが非論理的で無知によるものである。しかし、スタートアップビザ反対派が掲げる中で、一理あるかもしれない意見が2つあり、これは議論に値する。私たちが呼び入れるファウンダーたちが、必ずしも「最優秀」ではないし、卓越した人たちのためのビザ区分として、すでにO-1ビザがある、という件だ。

いつも優秀な人ばかりが来ていないことは知っている。殆どが平均的な技術者だ。私自身を例として挙げてもよい。1980年にオーストラリアからこの国へ来た時、私は低レベルのコンピュータープログラマーだった。確かに、私は人より巧妙なアセンブラーコードを書けることに誇りを持っていた(覚えている人いるかな?)。しかし、教育もスキルもきわめて平均的だった。PhDも持っていなかった。特許もなかった。私にO-1ビザを出そうなどと思う人など誰もいなかった。それでも私はやって来て、必死に働き、学んだ。そして私は、よりよいソフトウェアを作るためのアイディアを作り出した。

何年か後、私が発見した技術は、1000人以上を雇うソフトウェア会社の基盤となり、エンタープライズ用クライアント・サーバーシステムの作り方を変えた。私がアメリカ経済に与えた付加価値の総量はわからないが、私の2社のスタートアップに数億ドルの価値を付加したことは間違いない。そして今私は、アメリカへのお返しにと、デューク、ハーバード、UCバークレーという3つの偉大な大学にのために、時間とエネルギーを割いている。

ではその「卓越能力(genius)ビザ」について考えてみよう。どの移住専門弁護士に聞いても、このビザを通すのは難しすぎて、アインシュタインでも無理だろうと答えるだろう。完璧な学術業績を残し、受講したあらゆるクラスでトップになり、10箇所の独立した権威から「彼は水の上を歩く」と言われなくてはいけない。たまたま先週、私がバークレーで講演した時に会った人物が、この資格を得たそうだ。この国の入国システムがいかに壊れているかを示す、すばらしい話を聞かせてくれた。

Alex Kosorukoffはロシアの高校でプログラミングを習い、パートタイムのソフトウェア開発者として働き始めた。後にIvanovo State Power大学で、ロシア-アメリカのジョイントベンチャーのパートタイム研究員として働いた。彼は起業に関するアメリカの書物と出会い、それを読んで起業家になろうと考え始めた。

Alexは友人2人を説得して1991年に会社を起こした。(念のために書いておくと、これはロシアが共産主義から民主主義に変わる遥かずっと前のことだ)。彼らは経理ソフトウェアを作り大ヒットとなった。Alexは押し寄せる起業の波に乗り、他にいくつもの会社を立ち上げた。1995年、米国情報局の「ロシア向けビジネス」コンテストに優勝した。賞品の一つが、シラキュース大学マックスウェル校の交換プログラムだった。彼は2ヵ月間アメリカに渡り、アメリカのビジネスについてさらに学び、国に帰ることでこの国の問題の一部を解決した。(ここへ来るほぼすべての外国人と同じく、彼もアメリカに恋をして、アメリカンドリームを分かちあいたかった)。

Human-based genetic algorithm image

The flower, by runnerfrog (Cristian René)

Alexは、企業がなぜスケーリングに苦労しているのか、なぜ決断プロセスが非効率的になるのか、なぜ優秀な社員が辞めていくのかを調べ始めた。Alexは自然界を見回してみて、生物の方がスケーリングが上手であることに気付いた。彼は、革命的アルゴリズムに基づく一種の参加型組識を設計し、ウェブサイトでプロトタイプを作り、1998~99年にかけて数百人の参加者を集めた。この研究がDavid Goldberg教授(イリノイ大学)の目に止まり、このロシアの若者を研究室に招いた。Goldberg博士の研究室は、進化的計算法で世界のトップレベルにあった。

Alexはアメリカに行けば両方の世界で最高の物を得られると思った。画期的な研究を行うと同時にアメリカンスタイルの起業家になることだ。ところがAlexがイリノイに来てみると、学術研究の大志も、起業への野心も、どちらも完全には満たされないことがわかった。Alexは大学から、厳格なビザ区分以外の仕事はできないこと、副業ができないこと、そして絶対に起業など不可能であることを告げられた。「自分のウェブサイトを続けるのもダメだとまで言われました。広告収入を生むから。仕方がないのでサイトを台湾に移して、そこにいる友人に運営してもらいました。」、Alexがこう話す。

彼の研究対象は、進化的計算によって企業を作ることだったので、ロシアでやっていたように、自身の理論を実世界で試してはみられないことに気が付いた。「私は起業活動を延期して、シミュレーションで我慢したり、他の教授たちのために関連の進化的計算を行ったりしましたが、それは私の関心領域から大きく離れる転換を意味しました。」Alexはそう言いながらも、自分の研究で数々の賞を獲得した。

実はAlexの仕事に触発された起業活動がある。Stumbleuponを設立したGarrett Campは、Alexの論文を読み、その一部を使ってソーシャル共有の会社を起こし、最終的に$75M(7500万ドル)でeBayに売った。Campに言わせれば、Alexは自分について控え目にしか話していないらしい。「Alexは人力ベースの計算という概念の基礎を作った。人力ベースの遺伝アルゴリズムに関する彼の業績は、StumbleUponを設計する際に多くの解決のヒントを与え、私は自分の修士論文にも彼の論文をたくさん引用した」。

AlexはPh.Dを取得した後、StumbleUponから誘いを受けた(皮肉なことに、この会社は2001年にカナダで設立され、後にシリコンバレーに移った)。StumbleUponはWikipediaと同じく、人力ベースの進化的計算技法を利用している。しかし、Alexが自分で会社を立ち上げることを熱望していたことは明白だ。遥かに過酷なビジネス環境ともいえるロシアで何度もやってきたことなのだから。それで、今彼はどうしているか。グリーンカードの承認待ちだ。

一方、カリフォルニアの失業率は12%を超え史上最悪に近い。国全体では10%だ。金融市場は完全に凍結し、スモールビジネス ― 米国経済で最も活発な部分 ― は運転資金の枯渇にあえいでいる。だから、少しばかり規制を緩めて、賢い外国人にわれわれの経済に活を入れてもらうことは、政治的にも経済的にも実に簡単な決断に思える。私たちはアンチ移民の見当外れの感情に耳を貸すのではなく、道理にかなったことに耳を傾けるべきだ。結局のところ、Alexのような移民たちが、近年シリコンバレーのテク系企業の52%を立ち上げているのだ。

編集部より:本稿は、起業家出身の学者、Vivek Wadhwaによる寄稿である。同氏は現在UCバークレー客員教授、ハーバード法科大学院上級研究員、およびデューク大学常任理事を務めている。Twitterアカウントは@vwadhwa。】

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(翻訳:Nob Takahashi)