[jp] モバイルインターネットが準備しつつあるリアルタイム検索のその先「アンビエントストリームの未来像」とは?

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Pedal Brainのガジェットで、iPhoneが強力なサイクル・コンピューターに変わる

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[日本語版編集部注:本稿は頓智・井口CEOによる寄稿。2010年がやってくる!日本にインターネットがもたらされておよそ30年、情報化技術の成長は今リアルタイムウェブという大きな転換期を迎えようとしている。井口氏とも交友のあるEdo Segal氏はリアルタイム検索の向こう側:アンビ エント・ストリームの夜明けでその先のセカイを論じた。しかしその具体的な姿はまだまだぼんやりしている。ウェブの未来はどうなるのか?セカイを変えるべくチャレンジを続ける彼にリアルタイムの向こう側を語ってもらった。]

■セカイはパソコンとウェブだけで成立している訳ではない。

世の中にはセカンドライフ症候群とでも言うべき症状があるようで「これは電通の差し金だ!空騒ぎに貴重な時間を費やすべきじゃない、騙されるな!」的な警戒心が必要以上に発達し過ぎて、ある種の思考停止に陥ってしまう現象なのですが、2009年末の現時点のモバイルARに関しても多少そのように受け止められている節があります。

キャズムを超える手前の状態にあるテクノロジーはそのように見られるのもやむを得ず、特にソーシャル性の高いウェブサービスやアプリケーションはネットワーク効果が上がる迄は「ただのガラクタ」に過ぎないので、モバイルARがその萌芽ステージに於いて厳冬期の凍土を突き破るために耐えるべき負の強度(雪溶け時間を耐えるべき、圧力の総量)には相当なものがあると考えられます。

ただ、変化というのは、単にその個別プロダクトやサービスの自助努力によるモノのみではなく社会環境的変動によっても大きく惹起されます。個々のテクノロジーは社会的生活総体との関連性に於いてのみ意味を持ち得ます。

ですから2000年代起こったウェブ情報爆発の伸張速度に対応するかたちでグーグルはその帝国を拡張した訳ですし、それらは通信インフラや接続デバイスなどを含めたトータルな情報生態系の発展と並列的に勢力拡大してきたのです。

さて、そういった意味では、2010年代は(ウェブ情報爆発の最初の10年の次のディケードとして)どの様な生態系の変化を招き入れるのか?という視点で見て、時代の大きな転換点にあることだけは確かです。そして、それは明らかにiPhone 以降のモバイルWeb と、Chrome OSに代表されるような Cloud コンピューティングの台頭によって巨大なうねりとなっています。

また、米国のウェブ生態系トップティアーが既にすべて自前のデバイスをサービスプラットフォームとして供給開始しているという事態(Amazonのキンドルは電子書籍流通プラットフォームの試金石と言えますが、それは既にソフトウェアとしてiPhoneでも動作しています)は決して看過すべきではないでしょう。

ウェブはその形態を「PC+Web」というウィンテル的アーキテクチャーから大きく転化しようとしている様に見えます。ここでは、そのような視点でモバイルARあるいはそのバリエーションとしてのソーシャルARを捉え直してみたいと思います。

■シリコンバレー式モバイルとアジア都市圏式モバイルは別物なのでは?

実はセカイカメラのワールドローンチ直前にTechCrunch取材やDCMでのプレゼンテーションなどを兼ねてシリコンバレーに出掛けて来ました。エリアは主にマウンテンビューとパロアルト。そこで感じた事なのですがウェブとパーソナルコンピュータという現在定番化しているインターネット環境は既に一定の身体性+都市空間に適合しているのですね。

要するにあの界隈はフリーウェイで自宅と職場の間を往復する空間ですし、ショッピングも大規模なホームセンターやショッピングセンターに自家用車を乗り付けてまとめ買いで済ませます。

日本(に限らずアジアの都市部も同様)のような首都圏を鉄道と地下鉄が駆け巡り、自動車、自転車、徒歩とを使い分け、重層的で高密度な都市空間を(東京の地下鉄の垂直移動距離はすごいですね)動き回る様な三次元的で多層構造的アンビエントとは大きく異なります(たとえば、養老孟司は「都市=脳」の表象だと断定しました)。

つまり、あのウェブ+パソコンのネット体験は優れてシリコンバレーアンビエントに適合していると言えます。そして、モバイルインターネットも、ある意味ウェブ+パソコン的な身体性+都市空間特性に合致した方向に沿ったデザイン思想に貫かれているのではないか?と考えることができます。

これは非常に飛躍した思考なのですが、シリコンバレー的な「低層住宅中心、砂漠を高速移動、屋内空間でデスクに置いて利用する」ネット体験性の先にあるモバイルインターネットと、他方のアジア的とも言える高層的多層的高密度都市アンビエントが求めるモバイルインターネットには大きな差異があるのではないでしょうか?(じっとしている時間と歩いている時間が米国と日本とでは大きく異なるなど、統計的な数値がどこかにありそうです)

私がモバイルARあるいは、そのニッチ的発展系のソーシャルARに新しい情報アーキテクチャーの進化系を夢見るのはアジア的都市空間がもたらすであろう高密度な情報環境への適合を遂げたデバイスやアプリケーション、はたまたそれらが統合された先にあるプラットフォームの独自性およびポテンシャル性に期待するからです。

■どうして Augmented Reality は単なる情報認識インターフェイスに留まらないのか?

私たちは既に10年のモバイルインターネット文化を経験していますし、iPhoneの登場を衝撃というよりは既視感を覚えつつ、モバイルインターネットの再体験、再解釈としてプレイバック的な巻き直しをしている様なところがあります(ケータイは通話装置である事をすでに卒業したデバイスと言えませんか?)。

ですから、非常に面白いことに、ほぼすべてのモバイルAR(およびソーシャルARも)のスタートアップはアジアと欧州の都市空間から産声をあげています。例えば Layarはアムステルダム、junaioはミュンヘン、Wikitudeはザルツブルグ。そして Sekai Cameraはトーキョーです。

なぜか、シリコンバレー以外の都市圏から産まれつつあるモバイルARは、そのように従来型のネット体験性とは異なるコンテキストから発生しました。そのムーブメントの起点が2009年だったとすれば、2010年はそのような変転がより広く深く展開、深化、浸透していくことでしょう。

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Sekai Camera では周囲のTweetを可視化しています。

そこでさらに論を進めると、ARの進化のルートは二手に分かれるかも知れません。それは(1)スキャナー型とも言える「目前の人物や事物、建物などをシャープにフォーカス/センスする」仕掛けを鍛えて行く方向と、(2)アンビエント型とも言える「周辺環境をサラウンド的に大づかみしながら状況認識する」能力を磨いて行く方向とに分けられそうです。現時点では(1)の代表格がLayarで、(2)の代表格がSekaiCameraではないでしょうか?

ただ、この二分法は極めて近視眼的な分別に過ぎずモバイルARで行っている事が昇華するとすれば、やがて(1)であろうが(2)であろうが、個々の多様な対象物を見極めつつ、周辺環境を曖昧なまま把握するという非常に人間的な情報処理活動に結実していくだろうと思われます。

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Sekai Life 機能は、エアタグを通じたライフログです。

そしてその時に必要不可欠となるだろう要素がひとつにはソーシャル性であり、また以下に述べる様な環境認識把握能力です。

  1. ソーシャルネットワーク:人と人、集団と集団が人間的ネットワーキングを通じて環境を把握する。
  2. ソフトウェアボット:実空間を巡回しながら周辺環境情報を取得してコンピュータ処理可能にする。
  3. モバイルデバイス:様々なセンサーと人的インタラクション、機械的インタラクションを経て自律的に情報環境を形成する。※これには、現在のネットワーク家電やオーディオビジュアル装置等も今後は含まれていくと考えられます。

■モバイルデバイス+ソーシャル+ジオメディア+拡張現実的インターフェイスが創造するセカイ

非常に強引な比喩を用いてストーリーテリングすると、「冷蔵庫とAndroid OS入りのデジタルウォレットとが電子的にスーパーマーケット(e.x. Amazon)と対話できる」「飛行機のフライト状況を飛行機自身がTweetしてカーナビにメッセージする」「観光旅行中の友達の見ている映像が facebookでの口コミ情報と合成されてiPhoneでストリーム再生される」そういったマッシュアップが自然に行われる未来像は本当に目の前なのです。

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セカイカメラのソーシャルARが、どのような価値循環を引き起こすのか?を概念化した図です。

現在のところはバラバラに語られている「AR」「Geo Media」「Social Net」「Mobile Computing」「Cloud Computing」などはいずれ新しいデバイスとソフトウェアプラットフォームへと融合され、新しい情報体験性へと結実します。Sekai CameraのソーシャルARは、ソフトウェアボットや各種ライフストリームとどんどん結合して行く為のインターフェイス形成のための第一歩であり、OpenAirAPI等を通じて今後実現していくマッシュアップ環境形成ための準備段階だと言えます。

今回、TechCrunch他の米国有力メディア三誌が取り組んでいる「2009 Crunchies Awards」のモバイルインターネットアプリケーションのファイナリストに Sekai Camera が選出されました。なんと、ワールドワイドローンチ後初日の翌日という非常にレアな段階での初ノミネートだったのですが、我々がアジア発では唯一のノミネート企業として選出されたことには深い因縁を感じます。

そもそもTechCrunch 50登場時にもウェブエコノミー全盛のシリコンバレーでは「Sci-Fi」案件(実現不能ということ)と見なされていた我々ですから、むしろその文化的ギャップこそが将来的ポテンシャルの裏返しなのでは?と感じるのです。そういったポイントにもモバイルインターネットの日本に於ける進化速度が伺えます。ぜひ、みなさんの暖かいご支援をお願い致します。[編集部注:投票はすでに始まっていて、1月6日までに1日1回投票可能です。Best MobileApplicationの部門でTonchidotがアジアで唯一ノミネートされています。投票はこちらから。]

セカイを変えるチャンスは誰にでもあるのです。そしてそれはシリコンバレーだけの特権ではないですし、(市場規模の飛躍的伸張だけでなく)アジアのスタートアップには大きな技術的ポテンシャルとマーケットフロンティアが拓けているのです。

我々は「個体」としては非常に矮小で、できることも限られています。でも、たゆまない試行錯誤から産まれる新しい情報アーキテクチャーが我々の社会環境(あるいは、都市空間と社会活動のインタラクション)ならではの独自性を投影しつつワールドワイドに展開できれば、もの凄く面白い時代になると思うのです。

『解答を求めてはいけない。解答はいずれ、きっとやって来る。それは情報のアンビエントから..。』