ソーシャルネットワーク:黎明期の動き

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編集部注:この記事はGRP PartnersのベンチャーキャピタリストであるMark Susterによる三本立て記事の1本目だ。記事はこの「過去」編に加え「現在」そして「将来編」と執筆されている。Part IIおよびPart IIIも併せてご覧になることをおすすめしたい。

尚、一連の記事はMITとカリフォルニア工科大学のEnterprise Forumで行われた「ソーシャルネットワークの未来」(the futhre of social networking)いう名称の講演をまとめたものだ。こちらにはビデオも公開されており、また本記事の一番下ないしDocStockでパワーポイントのプレゼンテーション資料を見ることもできるようになっている。Mark Susterは@msusterの名前でTwitterも利用している。

25年前のソーシャルネットワーク: CompuServe、ProdigyおよびThe Well

若い人たちが、ソーシャルネットワークを新しい現象として語っているのを聞くと、リメイクされた有名な曲をオリジナルだと思い込んでしまっている人を見るのと同様な感じがしてしまう。若い人の中には「Don’t Stop Believing」を、人気ドラマのGleeで登場したオリジナル曲だと思っている人もいる。ソーシャルネットワークについても同様の誤解があることをまず指摘しておきたい。

もう何年も前からソーシャルネットワークというものは存在し、筆者も十代の頃から利用している。もちろんこれはオンラインのソーシャルネットワークだ。プラットフォームとして多くの人が利用していたのはCompuServeやProdigyだ。また「The Well」というものを利用している人もいた(設立は1985年)。そうしたプラットフォーム上で、私たちは今日と同様の目的をもってネットワークを利用していたのだ。その目的というものを簡単にまとめると「6C」ということになる。すなわち「Communications」(コミュニケーション)、「Connectedness」(つながり)、「Common Experiences」(共通体験)、「Content」(コンテンツ)、「Commerce」(コマース)、および「Cool Experience」(楽しめるもの)だ。プラットフォーム上にはチャットルーム、フォーラム、デート目的の場所、クラシファイド広告など、現代と同じようなものが備わっていた。

90年代初頭に筆者は20代前半だった。メインフレーム用にCOBOLやCICS、それにDB2などを使ってプログラミングをしていた。当時でも電子メール、インスタントメッセージ、共有カレンダー、掲示板などといったものは存在していた。そうしたツール自体は、決して新しいものではないのだ。ただ、現在のものは機能が充実しており、より多くの人が利用するようになっているというのに過ぎない。

オンラインサービスとインターネットの過渡期:AOLの登場

こうした流れの中でAOLが生まれてきた。WWWの前身と見ることができる。CompuServeのようなオンラインコミュニティを備え、後に月額費用を徴収してインターネットへのダイアルアップアクセスサービスを提供するようになった。このタイミングで多くの人がオンラインに殺到することとなった。ただ面白いことに、AOLはインターネットへの接続サービスを提供していながら、人々をAOL環境の下に囲い込もうという努力も行っていた。人々を囲い込むことで、AOL内に掲載する広告から収益を上げていたのだ。そうした狙いを実現するために、専用のブラウザや独自検索エンジン、自前のコンテンツ、チャットルーム、電子メールシステムなどを用意していた。

母親が自慢気に「今、インターネットに繋いでいるのよ」と言ったときには、半ば冗談めかして「母さんが繋いでいるのはインターネットじゃなくてAOLだよ」と指摘したものだった。母は両者の違いを理解してはいなかっただろうと思う。AOLというのはひとつの企業によってコントロールされているもので、インターネットというのは分散環境上に実現されるものだ。AOLは自らのサービスをコントロールする権限を持ち、他の企業が利用者情報にアクセスする際には費用を徴収し、そして物事の善悪を判断する権利を一手に有していた。つまりAOLクローズドで、インターネットはオープンなものだったというわけだ。

ただ、AOLはメール、チャット、掲示板などの仕組みを広め、より多くの人がオンラインに登場する機会を作ったとは言える。会員申込みCDを食料品にも同梱して広く配布し、また飛行機のコースターがわりに提供するというようなことも行っていた。ピーク時にはAOLのアメリカ国内会員数は2000万人にも達していた。Facebookの会員数と比べるといかほどのものでもないように感じられるかもしれない。しかしAOL経由でオンライン環境を利用する人は、アクセスフィーだけでAOLに$20もの金額を支払っていたのだ(つまり広告や電子商取引による売り上げを除いても、年間会費だけで50億ドルの収益をあげていたわけだ)。

製品生産者たちはまだ自らのウェブサイトで広告するという手段を持っておらず、宣伝には「AOL Keywords」を利用していた。オンライン雑誌を閲覧するときにも、96秒から99秒に一度、あらゆる場所にAOLのキーワード広告が表示される仕組みになっていた。消費者向けの新しいサービスを作ろうとする際には、AOLと契約を結ぶ必要があった。マスへのチャネルはAOLが一手に握っていたわけだ。

Time WarnerとAOLが合併したときには、世界中の人がAOLによるインターネット独占を心配したものだった。もちろん今となっては笑い話に聞こえるかもしれない。

ここまで記事を進めてきながら、記事中に記したAOLという語をFacebookに変えても話が通じることに気づいた。少々内容を調整すれば、読者の方も全く違和感を持たずに読み進めることだろう。ただFacebookについては後の話題としておこう。

Web 1.0時代のソーシャルネットワーク:GeoCities、Tripod、そしてYahoo!グループ

90年代中盤には、ワールドワイドウェブというものが誕生してきた。誰もがHTMLを用いてウェブページを持つことができるようになった。機を見るに敏な人々は、ワールドワイドウェブを前インターネット時代のように使いたいと考える人がいることに気づいた。そこでGeoCitiesやTripodははウェブページを管理するためのツールを作って提供し始めた。他の人に簡単に見てもらえるウェブページを制作するツールを提供していたのだ。

Yahoo!は、昔の人が月額$20を支払ってAOLから得ていたものを無償で提供し始めた。無償で提供できたのは広告を掲載してそこから収益をあげていたからだ。そしてYahoo!は企業買収もいくつか行って、今日的ソーシャルネットワークの元となるものを提供し始めた。リリースしたサービスの一例をあげればメール、IM、グループ、QA掲示板などだ。中でも「グループ」は発展し、宗教上の繋がりや母親ネットワーク、ないし学友ネットワークが広がることになった。ついにはYahoo!はGeoCitiesも36億ドルで買収してしまう。Yahoo!の支配は誰にも止められないもののように思われた。もちろんこれも今にして考えれば笑い話だ。

確かに、2010年現在のソーシャルネットワークは、使い勝手の面で大幅に向上している。さまざまなサードパーティー製のツールも充実しており、より多くの人々が利用するようにもなっている。ただツール自体は古くからさほど変化していないことを認識してもらいたい。人々がネットワークに慣れてきただけで、環境自体は昔と同じようなものが使われているのだ。

続編の記事にて、ソーシャルネットワークを巡る現状と、そこに至った道筋を振り返ってみたいと考えている。


// Social Networks: Past, Present & Future

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(翻訳:Maeda, H)