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シリコンバレーの寵児, 買い物共有サービスBlippyがついに姿を消した

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そして結局、自分の買い物記録を公開したい人はほとんどいない、という結果になった。しかも、それにソーシャルな要素を加えただけでは、それほど役に立つサービスになるわけでもなかった。斬新なWebサービスも、実際にユーザがそれに飛びつくのか、という最後の関門をくぐるのは、ときとしてとても難しい。

これが、Blippyの失敗物語だが、同サイトは2009年12月に非公開ベータで立ち上がり、それ以降本誌は、息つく暇もなく次々と、このサービスの肩を持つ記事を載せてきた。これも、そしてこれも、そしてこれもこれも(またこれも、それにこれも…)。

たとえばMG Sieglerはこう書いている:“友だちがクレジットカードで買ってるものがすべて分かると、どうなるだろう。その友だちが、口で言うだけでなく実際に何が好きかが分かるだけでなく、それがいつどこで、それだけ安く買えたのかも分かる。”

そのときわれわれが問わなかったのは、”それが一体どうしたの?”という疑問だ。

Blippyは1300万ドル近い資金を調達し、評価額が4600万ドルに達したときもある。お金持ちの投資家David Hornikは、800万ドルを投じてBlippy自身からBlippyの株を買った。

あのAppleでさえ、その真似をした。同社の(これまた失敗した)ソーシャルミュージックサービスPingに、購買共有というコンセプトを導入したのだ。しかし、こういったべたぼれ光景の背後にあったものは、Blippyの実際の業態ではなく、Blippyのコンセプトへの愛だったようだ(また、FuckedCompanyのカリスマ的ファウンダPhilip Kaplanとの結びつき、という皮肉もあった)。

CEOのAshvin Kumarによると、使用するアクセス分析によって多少違いはあるものの、Blippyのトラフィックはどこかに記事が載ると急上昇し、そのあとまた元に戻って、成長のきざしはまったくない。Blippyを訪れることは友だちに会うことだが、しかしそれは、買い物記録を見るだけでほかに何もしないという、奇妙は会い方だ。私はBlippyの会員にはなったが、細かい買い物の共有はしなかった。でもサイトそのものは、無害だが無味乾燥な場所だった。

そして昨年の4月に、Googleの検索結果に数名のBlippyユーザのクレジットカード番号が現れ、メディアの大騒動とともにBlippyのトラフィックも急上昇したが、サービスには不信という名の汚点が付いた。Blippyは誠実に謝罪したが、多くの人がアカウントを削除した。

やがて、メディアが取り上げること自体がマンネリ化し、世の中は鎮静化した。本誌もあまり取り上げなくなり、関心はGrouponとFacebookとQuoraの上昇急カーブに移った。本誌が無関心だった時期に実はBlippyは、買い物共有サイトからユーザリビューサイトへと衣替えしていた。2010年7月23日にユーザリビューを導入し、10月には完全にリビューのサイトになった。

“リビューに切り換えた理由の一つはユーザの参加性を増すためだったが、しかしその効果はなかった”、とKumarはあきらめ顔で語る。彼によると、Blippyの登録ユーザ数は10万で、その30%が買い物を共有していた。かなり、細々とした数字だ。明確なビジネスモデルもなく、”とにかくユーザ数を増やして、ほかのことはその後に考えよう”という態度だった。しかし、’その後’は、訪れなかった。

本誌の情報筋などが、Blippyは終わった、もう忘れよう、というフンイキになってきた。3月の終わりには、協同ファウンダのPhilip KaplanはBlippyの経営を下(お)りて、大量のばからしいiPhoneアプリの開発に精を出した。そのとき彼はPE HubのConnie Loizosに、Blippyは”ほかの誰がやるよりもうまくいっているが、まだ爆発的人気ではない”、と語った。それは要するに、トラフィックが横ばいということだ。看板人物のKaplanが去ったため、本誌をはじめ多くの人びとが、Blippyの将来を心配し始めた。

というよりも、実際には、Blippyには将来というものがもうほとんどなかった。モバイル製品関連でGoogleからBlippyへのトラフィックが増えているなど、少々の希望はあったが、でも、未来の明確な方向性はなかった。Kumarはこう言った: “Blippyの焦点をモバイル製品に絞るべきか、それとも新しい路線を探るべきかという選択で、後者を選んだ。しかし、あらゆる数字が伸びなかった。多くを試みたが、ユーザを大きく増やすことはできなかった。もうすこし頑張れば、と思わせるほどの数字すら出なかった。これ以上やるのは、時間の無駄だった”。

痛い痛い。

Kumarによれば、BlippyのチームはBlippyのイノベーションを放棄し、ソーシャルeコマース関連のほかの仕事に移ったが、それは現時点では何も発表すべきものがない。”Blippyから学んだものを生かして新しいプロジェクトを育てたい。今はまだ、何もかも初期段階だが”、とKumarは言う。そのプロジェクトは、Blippyからの狂気を引きずった投資家たちから、強く支持されているそうだ。

私がKumarに、”「Blippyの冥福を祈る」というタイトルでいい?”と尋ねたら、”いや、多くの人がBlippyは社名だと思っている。ドメインやその上の製品ではない”と答えた。彼はなにしろ、会社の新しい方向性に関して楽観的だ。それが何であれ。なおKumar自身は、Blippyの上の自分のリビューを1か月以上も更新していない。

でも彼は、Blippyがうまくいかなかった本当の理由を理解しているだろうか。それは、買い物記録を友だちと共有することが、何かの問題解決につながらない、ということだ。音楽や映画の共有のような、”実”が何もない。だから将来の大きな課題は、Blippyは人びとのどんな問題解決を支えるのか、ということ。Pingはどんな問題を、そしてSwipelyはどんな問題を解決したか? SwipelyのCEO Angus Davisは、彼のサービスが方向転換したとき、私にこう言った: “人びとは自分の買い物を共有したいと思っていない。結論は単純にそれだけだ”。

BlippyもPingもSwipelyも、スタートアップの大原則ナンバーワン「人びとが欲するものを作れ」で反則を犯した。そして、負けた。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))