Facebook、タイムラインを発表:生涯の記録を1ページに

次の記事

GoogleがHangouts APIを提供–会議など有料グループアプリのベンダはパニック?

今日(米国時間9/22)サンフランシスコで行われたFacebook f8カンファレンスの壇上、CEO Mark Zuckerbergが同サービスの新しい革命を披露した。最初の主要な変更、それはプロフィールだ。

Zuckerbergは、最初のプロフィールは人生の最後の5分間のようなものだった、と語った。2008年に改訂されたプロフィールは、人生最後の15分間を見せるよう拡大された。今日発表する最新プロフィールは「それ以外のすべて」だとZuckerbergは言った。この機能を彼はタイムラインと呼んだ。

「これはFacebook体験の中心であり、完全にゼロから考え直した」とZuckerbergは言い、一年中をかけて作り上げたことを明かした。「タイムラインは、あなたの生涯にわたる記録だ」。

Zuckerbergが見せたものは、美しい新プロフィール画面で、これまでFacebookが作った何と比べてもずっとビジュアルだった。正直な感想は、かなり良くできたTumblrブログというところ。三つの主要部分からなっている。

  • その人の全ストーリー(記事)
  • その人の全アプリ
  • 自己紹介の新しいやり方

これらが、生まれた日までさかのぼる。

こうしたコンテンツ全部を表示しようという試みは、膨大なデザインの挑戦だった、とZuckerbergは強調した。どうやってこれを1ページに収めるのか? まず、最近のコンテンツがすべて、新しいグリッドビューで表示される。時間をさかのぼっていくと、そのユーザーのコンテンツの要約のような形で最も重要なコンテンツが表示される。昔へ行けば行くほど、見えるものは減っていく ― 特別の瞬間だけになる。「これがタイムラインのしくみの秘密だ」とZuckerbergは言った。

これはモバイルでも動作する。Zuckerbergは、タイムラインの紹介を主にウェブで行ったが、iPhoneの小さな画面でもやってみせた。考え方は同じで、より濃縮されている。

「わが家のように感じられる場所をデザインしたかった」とZuckerbergは言った。

当然これは、時間をかけて公開されていくだろう(CTOのBret Taylorは今後1~2ヵ月間と言っていた)。タイムラインの詳細はこちらで。

アップデートタイムラインはこうなる

アップデート2デザインとデータの交差点で、Facebookのタイムラインは生まれた

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi)

“Facebook、タイムラインを発表:生涯の記録を1ページに” への11件のフィードバック

  1. クラウドのゆりかごから墓場までだけど。

    FBはコミュニケーションの「通貨」になろうと必死だけど、ユーロ通貨の崩壊のようになる可能性もある。
    英語を中心とした独自コミュニケーション通貨だけど、実際に中国は独自路線を進みたいし、あまりに狩猟民族的なユーザーインターフェイスだと、農耕民族的なお国は一生合わない可能性がある。

    また、同じクラウドを使い続けるのか?という疑問もある。
    答えはNOでしょう。

    ブログをやめて、twiitterのみになった人もいる。
    今までのブログ情報は資産だけど、その資産をゼロにしても、新しい方が心地よいと感じるもの。

    同じように、FBをやめて、○○○にはまる人も多くなる時期。
    逆効果のような気がするが。

    ただ。
    興味深いのが、
    「時間をさかのぼっていくと、最も重要な情報が表示」
    とあるけど、情報の優劣をソーシャルグラフ上で形成しているみたい。
    Googleのリンク構造のような、新しい価値を出そうとしている感じがする。

  2. そんなに、他人の人生、見たいかな? 見せたいかな?

  3. 匿名 より:

    これはいい。デザインもクリーンでスッキリしていて目障り感もなく、人生を美しく記録するというコンセプトは素敵だな。Facebookのこれからのデザインの方向性も垣間みれたような気がする。

    ブログは付け続けるのは大変だけど、自分の言葉で日々を付け続けることは、それ自体が「自己表現」であり、自分は何者であり、何をなすべきかというセルフアイデンティティを育てる。それが、コミュニティーの中でやり取りするうちに、新たなコミュニケーションを生む。これだけでは、さほど目新しいコンセプトでは無いけれど、ブログの先を行く「生涯にわたる記録」というコンセプトで、美しい新プロフィール画面で「人生の縮図」を見せる、それをもとにコミュニケーションを広げる。これを世界最大のSNSがやることにもの凄く意味がある。やはり、ちょっと考えてることが1歩も2歩も違うと思う。

    これは、マーケティング的にも凄いこと。その人の属性、好み、趣味、その他もろもろの人生が記録されるからとてつもないマーケティング材料を手に入れる事にもなる。今までのFacebookのノート(ブログ)ではイマイチ感があったが、これでインターネットの隅々に人々の日記が広がることになり、更にFacebookの世界は広がるだろう。個人にヒモづけられた生涯にわたるブログ、それが世界標準の上で展開される。これにも凄い意味がある。

  4. taka より:

    まさに「Facebookバブル」か、「ストリーキング症候群」か「現実喪失病」が流行しているように思える。

    なぜ誰しもが、「僕を見て! 私を知って!」という狂気の沙汰のようなお祭り状態に飛び込んでいるのだろう。なぜみんな、その裏に潜んでいる恐ろしさに目を向けていないのだろう。
    そもそも自分探しならぬ、「自分晒し」を望むのは、それほど現代人が孤独だからなのか? そうではあるまい。思うに、ネットとリアルの区別がついていないか、あるいは周囲に流されているかのどれかじゃないだろうか。
    たとえば現実世界でのいつもの通り道にお気に入りの店があったとして、そこに自分の顔写真を貼り付けて名前までさらし、連絡まで取れるようにするケースを誰も恐いと感じないのか?みんなの通る場所に、自分の趣味から出身地、それに職業から勤め先に恋人の名前まで書くことに、抵抗を覚えない人たちばかりなのだろうか?

    もちろん「現実ではそんなことしない」という人もいるだろう。だがネットだと安心で大丈夫だと、なぜ言えるのだろう。これほどまでにネットとリアルが融合し、今後もいっそう両者の垣根が取り払われるというのに。そしてセキュリティーの問題もあるし、何よりデジタル記録として半永久的に残る可能性もあるのにだ。

    人はみなTPOに合わせた仮面を被る。なぜか? その方が社会生活を送りやすいからだ。ところがFacebookに忠実な人たちには、その仮面がかぶれない状態に陥っているのではないだろうか。
    誰でも見られる、あるいは仲良くなれば見られるような場所に、現実では隠すべき情報をおいておくことは、本人の建前的人格を奪い、いずれ「ここまでネットに情報を晒して交友が深まることを希望したのに、かえってネットライフが生き辛くなったよ」ということになりはしないだろうか?そして個人情報が犯罪に利用され、あるいは第三者によってさらし者にされる危険性も大いにある。

    もう一度言うが、今のFacebook人気は、あまりにもルナティックなバブル状態じゃないだろうか。
    確かにFacebookは便利であり、ビジネス上でも役に立つだろう。だが自分にとってどれほど有益でも、いかに怖ろしい危険をはらんでいるかを理解すれば、とてもここまで自分の情報を、それにライフログを、ネット上におくことはしないはずだ。それもビジネスマンではない一個人ならば特に。

    そう考えると、ザッカーマン氏がぞくぞくと「自分晒し」機能を披露する根柢には、このバブルにみんなが狂乱し、現実との区別がつかず、皆が赤信号を渡るから自分も渡らないとだめだ! という状態に陥っている現実があるからだと思えてならない。

    自分を晒したい人たちは、一度、裸になって街中を走ってみるといい。その代償がいかに高く付くか、すぐに実感できると思う。

    • 匿名 より:

      Facebookでは、実際は全てをさらしている人は稀で、全てをさらけ出さないといけないわけではないと思う。公開範囲も投稿時に設定できるし、今回のタイムラインでも公開範囲は項目毎に設定できるようになってる様子。
      セキュリティーに関しては言い出すと何もできなくなるし、実名でも匿名でも注意しないといけないのは変りないと思う。
      考えられるリスクは、実名でも匿名でもキリがない。

      あくまでも、ツールなので飲み込まれる必要はないし、ネットワークを現実に生かしたければ実名制のFacebookを使えばいいし、ネットはネットの世界だけと考えるなら匿名ツールを使用するのがいいと思う。両方の世界は、それぞれ大切だし、各々の価値観の比重によっても変わるものだから。

      Facebookを僕が押しているのは、ネットのパワーを現実に活かし、豊かな毎日にする力があるのは、今のところFacebookが一番になると思っているからで、ネットはリアルの世界を充実させていくツールとして伸びていくのが本来の姿だと思っていているから。

      世界のトレンドは、現実社会を豊かにするためにネットを使う方向に動いているのは間違いないと思う。
      もちろん、匿名ツールも使うしMixiも昔から使っているし、たぶんこれからも使うと思うけど、現実社会になかなか広がる波及効果って難しいところあるからね。

    • ひがみ?ねたみ?
      それとも引きこもり?
      他人と関わりたくない人?

      であれば、あなたはfacebookをやらなければ良い。

      もう一度言うが、あなたが嫌ならあなたがやらなければ良いだけのことだ。

  5. hirotamaki より:

    これほどまでopenにする人はどんな人なんどう?経歴詐称する人かw。オイラは隠す必要はないけど、晒す必要は更に無いなぁ・・・

  6. Takeshi Muro より:

    これは、文化・価値観の違いだろう。
    僕はアメリカで暮らして女房もアメリカ人だが、アメリカではフェイスブックをしていなければそれで良いといった感じである、全く自由で誰も咎めない。しかしこれは日本人の私にとっては少し面倒な厄介な代物であるといいたいが、逆に昔のカノジョから友達リクエストが来たりするとそれはそれで戸惑うものである。
    当然フェイスブックには自分の情報を特定の人間だけに見せる機能もあるし、見せたくなければ自分のみでも選択できる、僕は名前と写真しか掲載していないがそれは昔の友人・知人が探しているのを助けるためである。
    日本のMIXIなどのSNSは匿名でできるらしいがそれは全く仮想世界の感じがする、発言に責任を問えないのが良いのだろうが。。。
    フェイスブックも携帯電話やEメールのように使い方は自分次第といったところだろう。だたフェイスブックはこちらから『自分は元気である』ということを一度に自分の選んだ多数の人間に知らせることができ自分が入院中は助かった、これは利便性がある。
    『タイムライン』についていえばこれはこれで個人の趣味だろうが、日記ではなくこの世のどこに存在しているかわからないサーバーに自分の多くの情報を載せることは少し心配だ。
    アメリカのニュースで言っていたがフェイスブックをしている人のほうがしていない人よりも人生に充実感を感じているらしい。しかし最近FBIに逮捕された女スパイのフェイスブックページはFBIによって書き変えられ、彼女のページは完全に犯罪者のページのようである、悲しいことに本人自身も手を加えられないようになっている。
    日本ではインターネットといえば仮想世界だが、アメリカでは完全にツール(道具)である。
    ただアメリカで見ているとフェイスブックは単なる流行りだ、おそらく10年後は存在せずこれに変わる新しいものがあるだろう。

  7. K2-Hi10 より:

    自分はfbは実名でそれなりに活用しているけれども
    正直ここまで情報を他人と共有する必要があるのかどうかという疑問はある

    facebookはコミュニケーションの定義を変えたんだ!と言えば聞こえはいいのだが…
    今後の方向性が若干心配

  8. misato より:

    めもめも(°ω°)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中