アプリ帝国の衰亡

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数週間前、MGがこう書いた:「Androidでの開発は未だにうんざりするほど苦痛だ。という声を何度も何度も耳にする」。これを聞いて少々驚いた。私はこの数年間にAndroidとiOSで多くの開発をしてきたが(ただしゲームは作っていないのでそれに関しては語れない)、どちらかの開発ツールの方が格段優れていると感じたことはない。どちらにも長所もあればひどくイライラされられる点もある。

しかし、そこで私は気がついた ― もしiOS開発者がAndroidに移行しようとすれば、確かに、Androidは当初何百万倍も悪く見える〈だろう〉し、逆もまた真だろう。単に逆の方がずっと稀だというだけだ。自分の知らないプラットフォームは常に耐えられないほど居心地が悪く、よく知っているプラットフォームは概して安心で心地良く感じる。セットアップの悪夢はすでに経験しているし、その奇行や性癖も知り、何をすべきでないかを学んでいるのだから。

これは、私が思うに、アプリの支配における重要な要因である。

App Storeが出現して以来、人々は予言し続けてきた。アプリは一時の流行でありすぐにHTML5に取って代わられると。数年来、PhoneGapSenchaMono等々がクロスプラットフォームのアプリ開発手段を提供してきた。つまり、一つのアプリを書けばiOSとAndroid両方で動かせる仕組みだ。両者間の移行がそれほど苦痛なら、何故みんながそうしないのだろうか。

実際、理由は山ほどある。未だにクロスプラットフォームアプリは遅くて不格好だ。ネイティブアプリほど洗練されていない。しかも、概してネイティブアプリらしく見えない。各デバイスのOSが提供するソフト、ハードのさまざまなサービスに対応するのは苦痛だが、ネイティブアプリなら簡単だ。生成されたコードはほぼ確実に、手で書いたコードよりも劣る。電話機のスクリーン上の場所を確保し、App Storeやマーケットで存在を示すためには、HTML5をネイティブアプリのラップに包んでパッケージする必要がある。それはすぐに二つの世界の最悪部分を合わせたように感じさせ始める。

さらに、クロスプラットフォーム開発というもの自体が、もう一つのツールと言語一式を覚えることを意味している。しばらくの間はAppleが、唯一意味のあるアプリプラットフォームを支配していたので、アプリを書くことは、Objective C、XCode、およびiOSライブラリーを意味していた。そこへAndroidが登場した。新しいプラットフォームに進出したいアプリ開発者には選択肢があった。ネイティブなAndroidアプリ開発を学ぶか、同じくらいの時間とエネルギーを、すでに得意としているiOS環境より劣るであろうクロスプラットフォーム開発の学習に費やすか。

しかし話はまだまだ終らない。ますます多くの開発者がウェブアプリの開発にHTML5(非常に強力で、オフラインでも完全に動作するアプリを簡単に書ける)を使いこなすようになり、ますます多くの「アプリ」が事実上「ウェブサービスのモバイルポータル」になりつつある。開発者にとってHTML5インターフェースを一つだけ作り、クライアントが電話かタブレットかデスクトップかによって微調整を加える方が、Javaで書いたAndroidアプリとObjective-CのiOSアプリとHTML5のデスクトップ用ウェブクライアントをサポートするよりずっと楽だ。これは紛れもなく、Facebook長年の秘密構想、「プロジェクト・スパルタン」が生まれた動機だ。

AppleとGoogleが、iOS/Android上のHTML5を機能不全にするという大胆な手段に出ない限り、中期的にこれが〈起こらない〉ことは考えにくい(短期に関してはBen Savageの優れた記事「HTML5ガイド決定版: 2012年のWebはこう変わる」を参照)。もしWindows Phoneが多少なりとも市場で存在感を示すようになって、〈第3の〉アプリプラットフォームが出現することになれば、さらに時期が早まるかもしれない。開発者はもうお手上げだと観念し挙ってHTML5に走るだろう。しかし、仮にAndroid/iOSの複占が続くとしても、HTML5はネイティブアプリにとって目障りな存在になるだろう。ネイティブアプリは2012年、たぶん2013年も支配を続けるかもしれないが、カウントダウンが始まっていることだけは間違いない。

画像提供Wikipedia

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(翻訳:Nob Takahashi)