起業家に告ぐ、TechCrunchにだまされるな

次の記事

日本のビデオゲーム(ハードとソフト)2011年の売上の概要

TechCrunchはいつもシリコンバレーを中心としたスタートアップの話題を提供している。そして、その中にはテクノロジービジネスに携わる人たちにヒントになるアイデアや知らなかったルールを見つけられるものがあると思っている。とかく、ビジネスで成功するためのルールはいつも普遍的であるべきだと思っているのだが、TechCrunchを愛読してくれている若い起業家たちと話をしていると、その情報の受け取り方にズレを感じることがある。

ビジネスで成功することにシリコンバレーだろうが日本だろうがその意味は変わらないはずだが、ただ、彼らはその置かれている環境が違うことをはっきり理解していないのかもしれない。シリコンバレーは世界で唯一無二の場所だし、そこに流れるセオリーは日本ではすべてが当てはまるわけではないからだ。そこで、あえて勇気をだして僕はこの原稿を書いてみることにした。TechCrunch Japanの情報の出し手である僕がそういい切ってしまうのはなんとも気まずいのだが、刺激的なタイトルの裏にあるのは、TechCrunchを鵜呑みにしないための起業家へのアドバイスである。

1. 残念だが日本では企業の買収はそんなにない。

TechCrunchの、特に米国版を読んでいると、日常的に企業同士による買収が行われているような錯覚に陥る。たとえば、昨年の12月でもほとんど翻訳はしてないけれど、AkamaiがContendoを買収したり、VlingoがNuanceNuanceがVlingoを買収したり、SurveyMonkeyがZoomerangを買収したり、SAY MediaがReadWriteWebを買収したり、SmuleがKhushを買収したり、AdobeがEfficient Frontierを買収したりと、馴染みがない企業が多いかもしれないが、常に買収が起こっている。まるで起業したらどこかが買収してくれるんじゃないかという錯覚さえ覚える。

だが、シリコンバレーだけでも非常にたくさんの企業が生まれていて、僕はそこにいるわけではないので肌身で感じてるわけじゃないが、その競争たるや想像絶するものがあるだろう。そして、その中で買収される企業はほんの一握りだろうから、起業したからといって買収という出口が描けるなんことはほとんどないのだと思う。

とはいえ、報道されているぶんだけの回数はあるわけだから、彼の地では買収の機会は日本に比べて多いのは間違いない。それは、ライバル企業を買収したり、足りない機能を手っ取り早く手に入れるために買収したり、優秀な人材を確保するために買収したり、新しい市場に参入するために買収したりと、いろんな場面で買収を活用しているからだろう。

たとえばグーグルはその代表格だと思うが、エリック・シュミットの「1週間に1社のペース」で買収しているという台詞に代表されるように、グーグルは大きい企業も小さい企業も買収を続けている。
ほかにもFacebookだって、Appleだって、Microsoftだって、Amazonだって、まだ成長途中のスタートアップだって資金があって必要だと思えば買収をしている。

だが翻って日本はどうだろうか? いま著しく成長しているDeNAやグリーに目を向けると、買収しないことはないことはわかる。ただ、その件数は少ない。日本で最大のインターネット企業であるヤフーも買収には慎重だし、楽天も最近では海外こそあるけれど、日本での買収は最近は目立ったものはない。サイバーエージェントなんかは自前主義で買収件数はほとんどないに等しい。ましてや小さなスタートアップがスタートアップを買収するのはほぼ皆無に近い。

つまり、そういうことなのだ。もし起業家として売却という出口を考えているのであれば、それはレアなケースなのだと自覚するべきだ。

もしかしたら、読者の中にはそうはいっても買収は結構あったじゃないかという指摘があるかもしれない。はい、確かになくはない。しかし、表立っては語られてはいないが、その中にどれだけ救済的な――創業者も投資家も、みんなが描くようなハッピーにならなかった――買収があったのかということを忘れてはならない。買収はすべて「おめでとう」ではないのだ。

だからといって、幸せな買収がないわけではない。そうなるためには、大きな会社が欲しがるような事業を売却に見合った成長スピードで起こすべきだ。売却時のタイミングやそのときの企業サイズも重要になってくる。たとえば、ノボットのケースのようにスマートフォンのアドネットワーク事業にいちはやく参入し、短期間で成長させて、大手企業が本腰を入れるタイミングで事業を売却するというのがわかりやすい。

ノボットはテクノロジー企業とは言いがたかったが、事業規模や売却のタイミングが買収としての成功を勝ち得たと推測できる。もし、売却ではなく自身だけで成長する道を選んでいたら、いま以上に多額の投資が必要だったし、評価額が20億円を超えていたら売却も難しかっただろう。売却を企業の出口として考えるならば、偶然はほとんどないので、その出口から逆算して事業や資本政策のシナリオを考えて用意周到に企業を起こす必要があるだろう。

もちろん、売却目当ての起業というのが、果たして起業家のストーリーとして美しいのかはまた違う議論ではある。

2. コンバーチブルノートは借金である

AppGroovesの柴田尚樹氏の記事にあるように、シリコンバレーのスタートアップのシードラウンドでの資金調達はコンバーチブルノート(Convertible Notes)で行うのが一般的になっているようだ。最近では日本のスタートアップも異口同音に「最初の投資はコンバーチブルノートでお願いします」というのだそうだ。正しく条件が設定できているコンバーチブルノートは、企業価値を算定できないスタートアップにとって非常にうまくできた投資の方法なんだろう。しかも投資家にとってもそれが有利にワークするようになっている。

ただ、シードラウンドの投資をする人たちと話をしていると、これが果たして起業家にとっていいのかという疑問が投げかけられた。

コンバーチブルノートは転換社債の1つだから、最初は借金としてその資金を受け取ることになる。後々にその社債を株式に転換するわけだが、条件をいろいろと設定することで、起業家にとって納得できる仕組みになっている。詳しくは柴田氏の記事を読んでほしいのだが、ただ、これは会社がうまくいっているときの話だ。

もし、社債が株式に転換される前に会社が倒産してしまったらどうするのだろう。社債は借金だから、一定のルールにのっとって返済をする必要がある(ケース・バイ・ケースだが)。もちろん、シードラウンドに投資するような人たちは、寝る間も惜しんで一生懸命やってきた起業家たちに金を返せなんていう人たちじゃないだろう(いや中にはそういう人だっているかもしれない)。なので、借金は棒引きにしてくれると思うが、面倒なのは手続きのほうかもしれない。裁判所での手続きは起業家も投資家も手を焼くことになる。

そしてこれがもし会社をデラウェア州に登記してたなんてことになっていたら、互いに米国で裁判の手続きをしなければならないかもしれない。それこそ面倒というものだ。

もちろん、コンバーチブルノートを否定しているわけではない。米国で起業して、米国で資金調達する人たちはそのルールにのっとればいいし、日本でもこういった投資手法が根付くことはきっといいことなんだろう。
コンバーチブルノートによる投資はきっとベンチャー投資の長い米国の経験の中で生み出されたものなんだろう。日本では優先株ですらまだ一般的ではないみたいだし、投資家も起業家もまだ双方ともにその理解を深めた方がいいのかもしれないね。

いずれにせよ、コンバーチブルノートも優先株も最終的には投資家に有利に働くことは間違いないということだ。

3. シリコンバレーのビジネスをまねする必要はない

昨年12月のInfinity Ventures Summitのあるセッションの席上で500 StartupsDave McClureは「国や地域によって成功するビジネスは違っている。国によっては靴屋のようなものが成功するところもある。日本のスタートアップはシリコンバレーのまねなんかしなくていい。お金がつくれないようなビジネスに参入する必要はない」という言葉を放った。

Daveが「シリコンバレーのビジネス」とひとくくりにしているのは、もしかしたらユーザーを獲得することはできるかもしれないけれど、どうやってお金を儲けるのかがわからないような、ビジネスとしては堅実ではない、ましてや二番煎じの、ソーシャルなんとかだったりスマートフォンのアプリだったり、ということなんだろう。

彼は名指しで、米国に進出する日本人のスタートアップをあげていたが、そのスタートアップは彼が考えるようなビジネスだったために500 Starutpsからの投資は見送ったそうだ。

僕は、投資を見送った日本人スタートアップへの発言についてはまったく賛成ではないのだけれど、でもDaveの言わんとしていることはよくわかるし、その内容には賛成だ。

昨年もたくさんのスタートアップの起業家たちに会って、たくさんのビジネスについて説明を受けた。TechCrunch Tokyoのスタートアップバトルにも130を超える応募があった。けれども申し訳ないのだが、そのほとんどは既視感のある、焼き直しのサービスばかりだった印象がある。

ソーシャルなグルメサイトやファッション写真共有のサイトはTechCrunch Tokyoへの応募で言えば、実にそれぞれが5つ以上はあったように思う。もちろん、その中から大きく化けるものもあるかもしれない。けれど、そのときには、どれがどう違うのか判断ができなかったのは確かだ。

僕はもっとビジネスは多様であってもいいと思う。イベントの準備をしているときに、グループワークで活躍してくれたのはDropBoxだったし、応募フォームの受付の仕組みで使ったのはWuFooだったし、チケット販売はPeaTixを使った。PeaTixは日本のサービスだけど、それ以外はシリコンバレーのものだ。でも、本当にこういったものは僕にとってすべて必要だったし、いずれもちゃんと利用料を払っている。

グルメやファッション、出会いなんかを助けてくれるのは楽しいことだから、それはそれで必要だし、多くのスタートアップが参入してサービスのレベルがあがってくれるのは大歓迎だ。けれど、ビジネスに役立つものを目指すようなプロダクトを作ってくれるスタートアップが日本もっとあってくれてもいい。もちろん、読者にはわかりやすいコンシューマーサービスが受けるから、TechCrunchはそういったサービスを紹介しているサイトという印象もあるかもしれないけれど、もっと着実に地道にお金が儲かるようなビジネスにも目を向けて目指してほしい。

特に出口を作るのが難しい日本のスタートアップ環境であれば、キャッシュを早く生むようなモデルは投資家にとっても大歓迎だろう(だからソーシャルゲームにみんな走るという時期もあったのだと思う)。

誤解しないでほしいのは、米国のTechCrunchをいちはやく読んでいちはやく同じようなモデルを日本語で提供するのは、まだまだ成功を収めるかもしれないので、すべてを否定してるわけじゃないし、本当はそうあってほしい。ただ、起業のヒントは、いま携わっているビジネスでぶつかった解決しなければならない問題だとか、毎日使っているデバイスやサービスの使いずらさを解決してくれるものだとかにもあるのかもしれないってことだ。こんなサービスがあったら月に数千円ぐらい払ってもいいってものは、みんなも少しは思いつくんじゃないかな。


2012年は昨年シードアクセラレーターが生み出したスタートアップたちが正念場を迎える。それが後続の人たちに繋がるようになってほしいと思っている。そして、このまま起業ブーム(いやブームにすらまだなってないのかもしれないけれど)がもっともっと盛り上がってほしいと思っている。

ただ、そういう若い起業家たちの中には、テクニカルな資金調達の話やシリコンバレーの話題だとかを一生懸命しているような人たちがいるような気がする。ものすごい知識を持っているのだと思うのだけど、それはそれですごいことだけれど、必ずしもそれがビジネスに直結しているのかは、その台詞からは実感できない。

若い起業家にはTechCrunchをいま以上にもっと読んでほしいけれど、それがすべてだなんて鵜呑みにしないようにと思っている。シリコンバレーで起こっていることが日本でもすべて当てはまる訳じゃない、その環境の違いを考えながら、2012年もぜひ新しい価値をつくってほしいと願っている。