ゲーミフィケーションの理解:6歳児は自転車をうまく使えるのか?

次の記事

AngelList、スタートアップの売り込み資料の標準化を試行中

(編集部注)この記事は国際大学GLOCOM研究員で助教の井上明人氏(@hiyokoya6)による寄稿だ。彼は若手のゲーム研究者で最近ゲーミフィケーションについて解説した「ゲーミフィケーション―<ゲーム>がビジネスを変える」を上梓している。この本はゲーミフィケーションの入門書でありながら、実例などを交えてわかりやすく解説している良書である。

ゲームのノウハウを社会のさまざまなシーンに役立てる、いわゆる「ゲーミフィケーション」に関する議論が、この一年で盛んになってきた。たとえば、オバマの選挙支援のソーシャルネットワークであるmybarackobama.comでは、2008年の大統領選挙戦の時からゲーミフィケーションと呼べる方法論が多彩に使われており、本年の大統領選挙でも議論をよんでいる。

また、TechCrunchでも何度も紹介されている、ウェブサイトにゲームの要素を持ち込むことのできる「Badgeville」などをはじめ、ゲーミフィケーションを手がけるスタートアップに多くの投資が集まっている。ガートナーも2011年の注目キーワードの1つとして「ゲーミフィケーション」を挙げ、それにより言葉がバズワードとしても消費されはじめた。この大きなトレンド自体が詐欺まがいだと言う人すら出てきている。

詐欺は言い過ぎだと思うが、あやしい言説が大量に飛び交っているのも事実だ。可能性がありそうな良いものと、根拠がないダメなものが区別されずに騒がれる状況は、過去繰り返してきたテクノロジーのバズワードならではの風景が到来しているといっていいだろう。

また、ゲーミフィケーションの代表的な事例とされる「foursquare」や「Nike+」をやってみたが「つまらなかった」という声もよく聞かれる。「これがどう利益に結びつくのか、わからない」という質問もよく受けるようになった。こうした疑問を考えるために、少し交通整理をしておこう。

6歳児にとって自転車は良いテクノロジーだろうか?

たとえば、こんな実験を考えてみよう。

ある6歳児のグループには自転車を使って100メートルを走ってもらう。もう1つの6歳児のグループには自転車を使わず100メートルを走ってもらう。はやく走り終えるのはどちらだろうか?

6歳児であれば、自転車を使える子もいれば使えない子もいる。この比較では「自転車を使ったほうが遅い」という結果になる可能性がある。だが、それは自転車が役にたたないテクノロジーであることを意味しない。役に立つためには条件が整うことが肝要だ。

現状のゲーミフィケーションに対する議論は、「何か車輪の技術を使えば速く走ることができるらしい」というぼんやりとした理解がはじまったぐらいの状況ではないだろうか。何が「自転車」にあたり「使い方」にあたるのかがわからなければそれをうまく使うことは難しいだろう。

ゲーミフィケーションの背景技術としてのライフログ、スマートフォン

では、何が、ゲーミフィケーションにとっての「自転車」にあたるのだろうか? それは、ライフログ、スマートフォン、SNS、クラウドといった技術の普及だ。「ゲームの社会利用」は、数十年も前から可能性があるとは思われていたが、成功例は少なかった。しかし、ここ数年で成功例が急激に増えた。そして、成功例の背景が、ライフログ、スマートフォンなどのテクノロジーだった。

たとえば、ゲーミフィケーションの代表例として必ず引き合いにだされる「foursquare」はスマートフォンにGPSが入っていなければありえないサービスだ。オバマの選挙活動支援のゲーミフィケーションはソーシャルネットワークがベースとして機能し、ユーザーの活動を記録することによってゲームとしての形をなしていた。とりわけ、現実の行動を何かしらの形で「測る」ということができるようになったことの影響は大きい。

ゲームの運営者が、ゲームプレイヤーの横に四六時中付き添って、ゲームのスコアやポイントにあたる行動をわざわざ採点するのは、ストーカーにでもならなければちょっと困難だ。しかし、さまざまなライフログ技術の低コスト化によって、我々の日常に「ポイント」を付ける方法ができてきたのだ。

ゲームをする人の心理を細かく考える能力

では、自転車の「使い方」にあたるものは何だろうか?

たとえばゲームにおける「報酬」。すでに多くの人が指摘しているとおり「バッジを与えること」「ポイントを与えること」が重要なわけではない。誰も欲しくないポイントを与えても、うざったいだけだ。

では、「換金可能なポイントをあたえること」がいいのかと言えば、それほど簡単なことではない。もともと無報酬でもやりたいと思っていたことに金銭的な報酬を与えると、逆に萎えてしまうという現象はよく知られている(アンダーマイニング効果と呼ばれる)。また、「換金可能なポイント」を扱いやすいのは資本力のある企業だけだ。

特に欲しくなかったはずの「ポイント」を、魅力的に見せ、継続的に利用してもらうにはきちんとプロセスとして設計できることが重要になる。これは技術投資の問題ではない。プロセス設計の一例は、物語を与えることだ。たとえば、マンガ『ドラゴンボール』は戦闘力という「ポイント」の話を延々としている物語だと言ってもいい。物語内で丁寧に表現されてきた「強さ」がポイントとして置き換えることで、はじめて戦闘力という「ポイント」が実体をもっているような感覚を、読み手は与えられることになる。

こうした「ポイント」などのゲームの要素をプレイヤーにとって魅力的にしていくためには、プロセス設計を徹底的に考える能力こそが必要だ。これは、実際にゲームを試作しながら、ユーザーの行動や心理を察知し、細かく感覚を研ぎ澄ませていくことが第一であって技術への投資では解決しない。

ジョージア工科大学のイアン・ボゴストなど、ゲーミフィケーションに対する批判を口にする人々が議論しているのは、ほとんどがこの「ゲームをつくる勘所と、技術導入の話を一緒にするな!」という点だ。ゲーミフィケーションに可能性があると思っている私自身も、それはまったく同意するところだ。

「技術を導入すれば、確実に結果が出る」という話ではないのだ。たとえば、企業が自分の組織へのICT投資を行う場合ですら、単に設備投資をするだけでなく、組織自体を作りなおすこと――すなわち、組織に属する人々のリテラシーを高めたり、組織の権限などの制度設計も含めて見なおしたりするなど――をセットで行わなければ利益につながらないという研究結果が出ている 。

ノリのいい人に「これも、あれも、ゲームになりますよね!」ということを聞かれたら、私はこう答えることにしている。「ゲームとして仕立て上げるための労力と思考力をきちんと注ぐことができれば、できると思います。」

ノウハウ世界最高峰の日本から世界に通用するゲーミフィケーションを

日本国内には「ゲーミフィケーションって何?」という話になったときに、「ああ、これのことね」という事例がほとんどない。一時的にバズワードに見える悪い条件が整ってしまっているといえるだろう。では、海外のサービスを輸入すればいいのかというと、それほど単純な話でもない。海外のサービスが日本でそのまま成功するとは限らないからだ。この状況だと、北米がゲーミフィケーションのマーケットをリードし、またしても日本は後塵を拝する形に甘んじてしまうだろう。

しかし、日本はゲームのノウハウの蓄積量では世界最高峰の水準に到達している国でもある。ゲーミフィケーションとして取り上げられることはほとんどないが、任天堂のWii Fitだって、ポケットピカチュウだって、「日常生活にゲームを持ち込む」ことで成功してきた例は日本にもきちんと存在するのだ。

ゲーミフィケーションの良い成功例が日本にもきちんと蓄積されれば、バズワードとしてのうさんくささはどうでもよいものになるだろう。政治、会社、ヘルスケア、教育、マーケティング……もともと様々な場所にゲーム的な要素は散りばめられていたが、この数年でそれらの要素を利用するための技術環境は大きく変わりつつある。

日本でもゲーミフィケーションの成功例が増えることを、待ちたい。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中