もしあなたがFacebookを信用していなければ、アカウントは持ち続けるとしても、あまりシェアしなくなるだろう。そこでFacebookはプライバシーに関してユーザーを教育して毎年シェアの量を倍増させ、ザッカーバーグの法則を続けようとしている。Facebookのプライバシーに「十分良い」はない。われわれが自分の制御に自信を持てるようにする必要がある。なぜなら新規登録者が減るにつれ、より多くのデータを集めることがFacebook成長の主たる手段だからだ。
要するに今どきFacebookアカウントを持っていることは、友達と繋がりを保ち、インターネット上に存在するための必須条件である。確かにアカウントを削除することは可能だが、あなたにメッセージを送ったり、ウォールに書き込んだり、イベントに招待してくれようとした人々が、必ずしも別の方法を探して連絡してくれるわけではない。しかも、さまざまなサービスに登録できなかったり、手動サインアップ手順やパーソナル化されていない非ソーシャルな体験に耐えなければならなくなる。
つまり、ユーザーがFacebookに対する信頼を失くした時、何が変わるかといえばシェアが減ることだ。
プロフィールの履歴は不完全なままになり、Facebookが生地や現住所や勤務先や交際ステータスに基づいて広告をターゲットできなくなる。
Facebookページに「いいね!」をしなくなり、Facebookはあなたの友達にスポンサー記事を送れなくなる。
そしてあなたはもちろん、特別に繊細な情報を限られた人数の友達や家族だけにシェアできるようプラバシー設定を切り替えることもしないだろう。それらは、人々がFacebookを頻繁にチェックしてフィードをくまなく読むように仕向ける非常に重要なコンテンツだ。
これが、Facebookがプライバシー管理を全面改訂し、プライバシー教育を強化している理由だ。彼らは人々にプライバシー制御のしくみをもっと理解してもらう必要がある。ユーザーを怖がらせることなどできない。「満足」はもはや満足ではない。Facebookはわれわれを、自分たちのプライバシー制御に関して文句なく快適にさせる必要がある。
そのために彼らは、つい最近プライバシー・ショートカットを導入した。これを使えば、誰が自分のコンテンツを見るか、誰が自分に連絡できるかの制御やユーザーのブロックを、画面右上にいつも表示されているプライバシー設定ドロップダウンメニューからその場ですぐに行える。プライバシーとセキュリティーの設定は、アカウント設定の中に並べて置かれている。モバイルアプリをインストールするために、Facebookに書き込む権利を与える代わりに、アプリが初めてユーザーに代わってシェアする前に、ユーザーの許可を得なくてはならなくなった。
Facebookは、検索結果に表示されなくする機能をなくし、検索に出てこなければ見知らぬ相手が自分のプロフィールにたどり着けないと勘違いしないようにした。例えばもし誰かがあなたの友達を一人見つけてその友達一覧を見れば、ワンクリックであなたのページにやってくる。
プロフィールに現れるものを非表示にできるアクティビティー・ログには、自分の全投稿をフィルターする方法が増え、複数の項目を同時に非表示あるいは報告する機能が追加された。そして、あなたに関する恥かしいあるいは不快な記事や写真を削除するよう友達に依頼しやすくするための、ソーシャル報告ツールが改善された。
特に重要なのは、誰にシェアしているかを示す注意書きが埋め込まれるようになることだ。こうした情報はFacebookの将来にとって決定的に重要だ。なぜなら、それによってユーザーは少人数に対してより多くのものをシェアするという概念に慣れていくからだ。これは、ソーシャル共有におけるザッカーバーグの法則: Y = C *2^X [Xは時間、Yはシェアする数、Cは定数]の鍵だ。少人数の友達にシェアすると、さまざまな種類のコンテンツをより頻繁にシェアするようになるというだけではない。繊細なコンテンツや、公開対象を積極的に選んだものは何であれ、まず間違いなく相手にとって普通の記事よりも興味深い。

Facebookは、ユーザーにカスタム友達リストを作ってシェアさせることに関して、過去に限られた効果しか上げられなかった。2010年の終りに同社は、 ユーザーのわずか5%しか友達リストを試していないことを認めた。そこで彼らはグループを導入し、あなたが全員ではなく限らた人々にシェアしていることを極めて明白にした。そのシンプルさによって同機能は人気を保っている。
しかし、適切な少人数閲覧者が単一グループに入るとは限らない。残業に関する絶望のメッセージや赤ちゃんの写真は、家族と親友と幼ななじみにだけシェアしたいかもしれない。これらの人々はお互いを知っているとは限らないので、一つのグループに入れるのには馴じまない。
Facebookは、閲覧者選択ドロップダウンを使って、誰とシェアするかを正確に選んでもらいたいと考えている。もし人々がこの方法に慣れ、大切な記事が間違った相手に届くことを怖れずに使えるようになれば、マイクロ・シェアリングは急速に広まり、関連性の高いコンテンツが大量に増えて人々をニュースフィードに引き付けるだろう。

このソーシャルネットワークにはまだ解決すべき問題がある。他のウェブサービスを圧倒する頑強なプライバシー設定を持っているにもかかわらず、初期に起こしたいくつかの失態やこうした制御の複雑さゆえに、人々を未だに不安にさせている。しかも、ライバルのGoogle+とPathは、いずれもマイクロシェアリングを念頭に入れて作られている。
新年に新しいプライバシー教育を見つけたら、それはFacebookがプライバシー規制当局に命令されたからではない(されたのは確かだが)。そしてこれは、Facebookが人々に、より運命的にオープンで繋がっていて欲しくないからでもない(もちろん彼らはそうあって欲しいと思っている)。それは、Facebookのビジネスが広告と支払いであり、このビジネスは任意に投稿られるパーソナルなデータが頼りであり、そしてユーザーが本当においしいコンテンツや情報を渡すのは、誰がそれを見るかを確信できる時だけだからだ。
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(翻訳:Nob Takahashi)
