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Wikipediaが実在しない戦争を5年間載せ, 昨12月にやっと削除

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Wikipediaの編集者たちが、Webのだまされやすいネット市民たちをねらった巧妙な作り話を摘発し、その厄介もの”Bicholim Conflict”の項をそれにふさわしい場所、すなわち’does not exist’(存在しない)へと戻した。この、1640年から1641年にかけて約1年間続いたとされるポルトガルとインドのマラータ王国との戦争は、ユーザ執筆の記事としてこれまでの5年間Wikipedia上に存在した。記事中の引用の出典も、その戦争同様怪しげなものであったにもかかわらず、重要な歴史的事件の記述を装うその4500語の記事は”Good Article“(優秀記事)のステータスさえ獲得した。かつて、歴史は勝者が書くと言われたが、今では歴史は暇人(ひまじん)が退屈しのぎに書くものでもある。

Wikipediaの真偽鑑定を趣味とするユーザShelfSkewedは、この記事に記されている出典(元ネタ)をすべてチェックし、すべてがガセであることを発見してびっくりした。新年を迎える直前に、彼は削除作戦を開始した。

慎重な検討と調査の結果、この記事が作り話であるとの結論に達した。巧妙で良くできた作り話だが、いずれにしても虚報は虚報だ。“Bicholim conflict” や、その記事が依拠しているとされている各種の出典を検索すると、その記事自身に行き着くだけだ。たとえばその記事の重要な出典の一つであるThompson, Mark, Mistrust between states, Oxford University Press, London 1996は、WorldCatでも、Oxford University Pressのサイトでも、またAlibrisやABEでも見つからない。つまり、この本が存在するという証拠を見つけられない。

Wikipediaの通例として、そのページはWikipedia hoaxes(Wikipedia虚報集)に放り込まれた。そのリストのトップには、Julius Caesarを暗殺した人物とされるGaius Flavius Antoninusが載っている(シェイクスピアには内緒だよ!)。

Comedy Centralの保守派諷刺家Stephen Colbertは、Wikipediaが社会に与えている貢献を”Wikiality”と皮肉っている〔reality…現実、真実…からの駄洒落〕。それの意味は、“ウソ話、みんながほめれば怖くない”だ。彼は、アフリカ象の総頭数が2006年の半年間で3倍に増えたという虚報を、読者に真実と信じさせようとして、失敗した。

もっと軽い例としては、コメディアンのSinbadは、彼の早すぎる訃報をWikipediaから消去しなければならなかった。それができたのは、彼がまだ生きていた(今でも生きている)からだ。

原典ではなく二次的な出典には危険が多いので、Wikipediaの創始者であるJimmy Walesも学生たちに、彼らがいちばん多く犯す間違い、すなわち百科事典からの引用はするな、と警告している。

“大学の学術論文で百科事典を引用することは不適切である。今のきみは12歳の子どもではない。ゲームのレベルを上げて、原典を調べなさい。”

[画像クレジット: Wikipedia Commons]

[原文へ]
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))

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