Facebookのグラフ検索は、プライバシーを利己的に感じさせる

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Facebookグラフ検索が与える微妙な影響、それは全体公開のシェアが、人類の利益のためにシェアを意味することだ。そしてもしそうしなければ、あるいはごく少数の人にしか公開しなければ、あなたは自分の知識やお薦めやコンテンツを世界から奪っている。ここでわれわれ一人ひとりにとって問題になるのは、貢献とプライバシーのどちらを優先するかだ。

長年Facebookのミッションは「〈世界〉をもっとオープンでつながったものにする」ことだが、これまでFacebookのサービスが得意だったのは、われわれを〈友達〉とつなぐことだった。

ニュースフィードとタイムラインは、自分の知っている人たちに向けて書いたものを届ける。シェアとは自己表現の手段であり、自分が誰であるかのデジタル表現を提供することだった。シェアしたものが結果的に人を助けることもあるが、その過程でわれわれは多くの「いいね!」から自己陶酔的な後押しを受けてソーシャル資産を獲得する。シェアは利他的がすべてではなかった。

グラフ検索によって、われわれのコンテンツには今後会うことのない潜在視聴者が生まれる。親切な歯医者さんや静かな公園に付けた「いいね!」や、あなたが撮った歴史的建造物や必見の出来事の写真が、人々を良い方向へと導く判断に影響を与えるかもしれない。しかし、あなたがそれを知ることはない。あなたの援助はあなたのネットワークを離れ、グラフ検索であなたの貢献に遭遇した誰かのところへ届けられる。

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これは、Facebookのシェアボタンとわれわれとの関係を再定義するものだ。突如として、それが誰にとってどんな価値があるか今すぐわからないものであっても、シェアする理由が生まれたのだ。

あの暖かくて曖昧な「いいね!」や、人に自分をエキスパートだと思ってもらうチャンスは、友達が関心を持つと思ったものをシェアする気にさせるかもしれない。しかし、「いいね!」が付かなかったたり、友達にうるさいと思う気持ちは、いつか誰かの役に立つかもしれないものをシェアする気持ちを萎えさせるかもしれない。ニュースフィードは、地元の歯医者を薦めるメディアとしては間違っている。

News Feed Likes

しかし、もし静かな行為によってグラフ検索にインデックスされる手段があるなら、あなたのアドバイスや経験をFacebookに役立てる気持ちはずっと高まるかもしれない。問題は、それがまだ実在しないことだ。一番近い方法は、何かを公開した後、自分のタイムラインから消すことだ。しかし、これはニュースフィード上のFacebookページへの「いいね!」を隠すわけではないし、そもそもその書き込みがタイムラインを訪れた友達に見られても気にならないかもしれない。ただ、友達にうるさがられたくないだけだ。Facebookは、この静かな貢献を可能にする必要がある。

なぜか。皮肉ではなく、われわれには人を助けることを真に愛する心があることを思い出そう。バッジやエリートのステータスもあるが、YelpやWikipediaのようなコミュニティーが成功する基盤は自己陶酔だ。偶然ではなく、Facebookのグラフ検索がYelpのライバルになるのは、どちらもお薦めを集め、提供できるからだ。もしFacebookが、手を貸しやすくすれば、人々はそうするだろう。グラフ検索が繁栄し、世界がその真価を見出せば、Facebookはこれをビジネスに育て、なお一層のイノベーションを支えることができる。

Hide Likes From Timeline

グラフ検索には負の側面もある。シェアに対する萎縮効果だ。2006年にFacebookがニュースフィードを始めた時、ユーザー1200万人のうち75万人が新機能に抗議するグループに参加した。ニュースフィード中の記事は著者が許可した人々にしか表示されないにもかかわらず、彼らはそれを「曖昧さによるプライバシー侵害」だと主張した。ニュースフィード以前のFacebookでは、何かを見つけるのに必要な努力が十分な保護になっていたのだ。そんな懸念にかかわらず、人々はこの情報ストリームを大切にするようになった。

Facebookは、タイムラインを導入した時にも不満の嵐を経験した。突然、古い書き込みが簡単に堀り起こせるようになった。しかし、それでも上司や家族やロマンチックな興味からの一定の障壁はあった。不快なコンテンツが見つかるまでには何年分もめくっていく必要があったからだ。

Embarassing Photosグラフ検索が一般公開される時にも、同じような騒ぎが起きるかもしれないが、検索が容易なだけに影響は拡大される。以前は、酔っぱらった写真、議論を呼ぶ書き込み、品のないジョークなど、自らの評判を傷つけかねない何かを広くあるいは全体に公開したとしても、視聴者はニュースフィードであなたの近況アップデートを見る人たちだった。

グラフ検索の効率は、発見に対する抵抗の鎧を突き破る。採用担当者はタイムラインを何年も遡る必要がなくなる。彼らは、カンクーンで撮ったあなたの写真を検索できる。「 『ラスベガスをやっつけろ』に興味を持っているJosh Constineという名前の人物」も検索できる。Facebookが書き込みもインデックスするようになれば、近況アップデートやリンクも全部検索対象になる。

隠すものなどないという人たちもいる。しかし、アイデンティティーが必ずしも自分のボスや両親と合致しない人々にとって、グラフ検索は悪夢になりうる。そもそも人助けに関心のない人たちもいる。彼らは、お気に入りの歯医者に「いいね!」をつけて、友達や赤の他人を助けるような面倒にはかかわらない。そして最後には、オープンにシェアすることをただ不安に感じる人たちがいる。

どのグループに属していても問題はない。貢献したくなければそれで構わないし、それはあなたの選択だ。しかしグラフ検索が存在する今、それはしなくてはならない選択だ。

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(翻訳:Nob Takahashi)