Google Glass:この反発の理由は?

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Google Glassはまだ正式発売もされていない。にもかかわらず、このGoogle初のウェアラブルコンピューティングの実験はあからさまな反感を買っている。1年前に大々的なハイプをもって迎えられた製品が、ここまで早く愛憎のサイクルに遭遇するのは普通ではない ― まだ数千台しか世に出ていないのに。たしかにわれわれも本誌なりに、あのGlassユーザーたちを “Glasshole”と呼んだりもしたが、反発はいつものテク系インサイダーの域を越えている。

Glassへの反発が初めてメジャーなメディアに流れたのはSaturday Night Liveだったが、先週CNN.comにGlassエチケットに関するこの記事が出た。Glassのように新しいものは、携帯電話が初めて登場した時と同じく議論する価値のある話題だ。しかし、記事以上に私を驚かせたのはそこに付けられたコメントだ。

言っておくが、これはメインストリームのCNN読者だ。テク系オタクではない。中には単なる知識不足によるものや(「先週、地元の中小企業の集まりに行ったが、殆どの会社は既にGlassを全面禁止していた。事務所に持ち込むことさえ許されていない。大半は従業員の要望によるものでそれも当然だ。うちの会社でも禁止した」)、完全に敵対的なものもあるが(「このゴミのおかげで、自分がいつか死ぬことを嬉しく思えるる・・社会はどこへ向かっているのか?」)、多くの人々が、男子トイレで誰かにプライベートな部分を撮影されることを恐れている(「トイレで隣に並んだ男が前を見ずに私とじゃべろうとした時が心配だ」)。

実際、多くの人々が心配しているのはGlassによるプライバシー侵害だ。このデバイスの前面にカメラが位置している事実は人々を不安にさせる。私が思うにGoogleの失敗は、カメラの横に撮影中であることを示すLEDを付けなかったことだ。数週間前、私がGlassを着けてニューヨークを歩いていると、何人かが近寄ってきてGlassについて聞いた。テク系の人間は一人もいなかったが、みなそれが何かをよく知っていた。しかし、4人中3人は私がしゃべりながら録画していると思っていた。Googleは是非これを修正すべきだ。

今月、ブッシュ政権時代の国土安全保障省長官だったMichael Chertoffが、Glassを監視用ドローンと結びつける論評をCNNに書いた:「何百万ものアメリカ人がドローンまがいのものを頭に着けて歩いているところを想像してほしい。そのデバイスは周囲で起きるあらゆる出来事を音声付きで録画する」。Chertoffが米国の空港に全身スキャナーを増やせと言っていた人物であることを思うと、これは皮肉であり最近のアメリカの政治家の特徴である認知的不協和だ。しかし、たとえどんなに根拠がなくても、Glassに関するプライバシーの恐怖を煽っているのはこの種のコメントだ。

もちろん、これら全ては、Glassの能力に対する根本的な誤解によるものであり、しかも実際に試したことのあるライターは殆どないないことがこれに輪をかけている。Glassは周囲の全てを録画することはできない。ビデオ機能は起動されるとデフォルトで10秒だけ録画し、延長したい時はGlassのボタンを手で押す必要がある。しかし、何もかも撮ろうとすればたちまちバッテリーがなくなる。

現バージョンのGlassは、事実上Google Now付の着用可能なブラウザーにビデオと静止画の撮影機能がついただけだ。大部分の写真やビデオの処理はデバイスではなくクラウドで行われる。Glassは、どちらかというと記事やメールやSNSのアップデートを見るためのものであり、写真やビデオをシェアすることがメインではない。

今週、Glass用顔認識APIについて聞いた。今のところそれはリアルタイムで働かないので、サーバーに渡してから結果を受け取らなくてはならないが、この種のテクノロジーが人々を少々不安にさせることは間違いない。

Glassを試した人がごくわずかであるということは、この手の神話が山ほど存在するという意味であり、時間と共に人々はそれを無条件に信じるようになる。Google自身が最初のデモビデオで、実際に今できることよりはるかに多くを見せていたことも問題を大きくした。後のビデオはもっと現実的になったが、人々の記憶に残るのは最初に見たものだ。

結局この早期の、かつ突然ともいえる、Glassに対する憎悪の一部は、それが新しく、限られた人しか持っておらず、見た目が少々奇妙であることにも起因しているが、真の問題は、人々がそれをあなたの右目の上に居座わる小さなプライバシー侵害マシンであると信じていることだ。本当は違うのだが、Googleが録画中を表わす小さなLEDを付けるまで、人々はこの発想を捨てないだろう。

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(翻訳:Nob Takahashi)