今週のまとめ ― 激減する(?)国内iPhoneシェア、本気だったGoogleのモジュール型スマートフォン、およびA.I.の近未来についてなど

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少々遅くなってしまったが、本稿では先週の訳出記事のうち、なかなかの注目を集めたものや、あるいはちょっと気になった記事などを改めてまとめておきたい。

日本国内でのiOSシェアが急落?

iPhone 6や6 Plusは、発売直後からかなりの頻度でみかけるようになっていると思う。Appleの新モデル買い替え率は75%以上にものぼるそうで(日本経済新聞記事)、たしかに実感でもそのように感じる。

そんな中、少々気になるのが「ヨーロッパでWindows Phone一人負け―日本ではAndroidがiOSのシェアを大幅に奪う」の記事だ。Windows Phoneの話はさておき、日本国内でのiOSシェアが大きく減っているという統計が掲載されている(9月までの3ヶ月セールス統計)。

掲載されている表によると、iOSのシェアが2013年の47.2%から、2014年には31.3%と急落している。そのシェアを食っているのはもちろんAndroidで、年間比で+14.5%となっている。少なくとも電車の中の風景にはさほどの変化は感じられないように思うが、はたしてiOS率が突出して高かった日本に、何か変化がおきつつあるのだろうか。

Fireフォンに「Kindle再び」を期待するAmazon

「シェア低下」というか、ほとんどシェアのない機種についての記事もあった。言うまでもなFireスマートフォンの話だ。覚悟を決めて「Amazonは不評のFireスマートフォンを殺さずに長期な視野で育てる気だ」ということのようだ。

「Kindleだって最初は不人気デバイスだったのだ」という、過去の「失敗体験」をもとに、未来への可能性を見出そうとしているらしい。

Googleのモジュール式スマートフォンは「遊び」ではない…らしい

ちなみに、非実用(あるいは非実在)デバイス扱いであったGoogleのモジュール型スマートフォンは、どうやら実際に動き始めるようだ。先週「スマホがLEGOになったGoogleのProject Ara、初のプロトタイプがお目見え」という記事が公開された。

モジュール型スマートフォンのProject Araについては、翻訳記事でも何度か紹介している。過去記事のタイトルを引いておこう。

Google発のブックマークサービス

ところで先週はGoogle発の注目記事も多かったような気がする。一番多くの注目を集めたのは「Googleの新しいブックマークサービス(旧称 Stars)が一般公開」だろうか。

正式アナウンスがない中、他のサービスとの差別要因や発展性ないし拡張性が見えにくい気もするが、興味深い動きであるのは間違いない。

Googleがブラウザを作ったとき(もちろんChromeの話だ)には「そんなもんいらねえよ」の声もあった。しかしコンテンツを扱うサービスが、コンテンツを表示するアプリケーションを作るのは、確かに「自然」なこととも言えたわけだ。そしてブラウザを作っている企業が、ブックマークを扱って、そしてそれが大きく発展するような可能性も小さくはないだろう。

但し、以下のようなツイートもある。

あるいは次のようなツイートもあり、確かに躊躇いを感じてしまう。

Google Playブックスもひっそり(?)アップデート

ところで拙訳ながらあまり注目を集めず寂しかったのが「Google Playブックス、教科書や料理本の閲覧に便利な“スキムモード”を搭載」の記事だ。

  • 「スキム」(Skim)モードにすることで、フリップにより無限スクロール風にページ間を移動することができます。
  • 「Quick Bookmarks」にてブックマーク間の移動がより簡単に行えるようになります。200ページも離れたところにある注釈などを頻繁に参照する際に便利でしょう。
  • 書き加えたメモやハイライトしたところを一度に確認し、そこから該当のページにジャンプすることができます。教科書などを読むときにとても便利な機能となります。

確か、こうしたモードを備えていた電子書籍リーダーはあったはずだ。しかし新規性云々ではなく、メジャープレイヤーのひとつであるGoogle Playブックスが、この機能を入れたことを喜びたい。

TechCrunch Japan編集長のツイートを載せておこう。

医療分野でもGoogle

ところで以前(今もかもしれない)、新規サービスのアピールを受けた投資家の決まり文句として「ではGoogleが参入してきたらどうしますか?」というものがあった。ことほどさようにGoogleはさまざまな分野に頭を突っ込む。もちろんヘルス分野も含まれる。今回は「Google X、ナノ粒子を飲んでガン細胞を早期発見する画期的検査方法を開発中」という記事が出ていた。

簡単に言えば「いよいよ現実化する現実化したミクロ決死圏」だ(?)。いろいろな未来予測を投入した「ミクロ決死圏」だったが、まさかソフトウェアカンパニーが現実化するとは思いもよらなかったのではなかろうか。

ちなみにWikipediaでみると「Google X(グーグル エックス)とは、Googleの機密施設によって、次世代技術の開発を担うプロジェクトである」そうだ。いろいろな意味でおそろしそうな存在だ。

YouTubeはハイクオリティに対応し、そして有料モデルを準備中?

Googleでいえば、YouTubeの話題もあった。

「パーソナルコンピュータの上で動画を見ることができる」と感動したのは1991年頃のことだっただろうか。但しその時代に見られる「動画」は「ビデオ」とは一線を画すもので、おかげでぼくたちはまだPC上で見るビデオを「動画」と表現する癖がついている。

時代はうつり「YouTubeのビデオ再生が60fpsにアップ、バターのようになめらか」という時代になった。

「解像度720p以上で見ると、フレームが洪水のようにあなたの目に押し寄せる」そうだ。ただ、こうした高画質であっても「まあそんなもの」と受け取る時代にはなりつつあるかもしれない。

また(以前から噂はあったものの)「YouTube、広告のない有料サービスの提供を準備中?!」という記事もあった。

先の「動画」の話との関連でいえば、「インターネット」が普及し始めた当時、サービスを「広告」で運用するというのはあり得ない話だった。だからこそ「広告」でサービスが運用できるようになったことに『大いなる可能性」を感じたりもしたのだった。しかし「広告運用すげー」の時代は古(いにしえ)の話となり、そのあとは「サブスクリプションモデル」などが生まれた。

どうやら、「金を払う準備はできている」という利用者もおおぜいいるようだ。

ティム・クック

さて、長くなってしまった。ただ、日経新聞などでも記事になっていた「ティム・クック」の話題は紹介しておくべきか。

ティム・クック:誇りをもって、自らゲイであることを認めたい」という記事の話だ。あくまで個人的な話ながら、さすがに世界中で、いろいろな視点から話題になった様子だ。

ところでティム・クックは先週「Apple Watchは毎日の充電が必要となる」という話もしている。

これについては「ティム・クックがうっかり漏らしたんだろう」という感想や、「そんな話は当たり前」といった感想まで、さまざまなものがある。「夜間に時計をする人はいないだろう」という意見も多かった。

そう、寝るときに時計をしない人は多い。ただ、「ウェアラブル」は時計ではなかろう。「ウェアラブル」とは「Quantified Self」(身体データの数値化)のための究極のツールではなかろうか。そうした類のデバイスであるにも関わらず「外して充電」というのが正しいのかどうか、疑問に感じる面もある。

その他、注目記事

Microsoft、Office 365のユーザーにOneDriveストレージを容量無制限で提供」という記事はもちろん興味深い。ぜひリンク先の記事を見てもらいたい。あるいは「W3Cが宣言: HTML5の標準規格は最終的に確定した」も注目だ。

全部を紹介すると長すぎるが、それでも紹介したいのは「この救急ドローンはリモート指導つきのAEDを搭載…心停止の生存率をアップ」だろうか。

NHKは「アメリカの“新たな戦争”?~無人機攻撃の実態~」という番組を放送していた。ドローンのせいで、民間人が殺されているという内容だった。しかしドローンは人命を救うのにも役立つらしい。

まあ確かに、新技術とは往々にしてそうした両面を持つものではあるかもしれない。

余談:A.I.はどう世界を変えていくのか

ちょうど東大を目指す人工知能が話題(例:日経記事)になる中、TechCrunchにも人工知能系の話があった。

ひとつは「普通」の話で「音声指示に従って自動で返信メールを書いてくれるA.I.搭載のLess.Mail」というものだ。

受信したメールに対し、人工知能と協力しつつ返信して時短するというものだ。「断ってくれ。でも丁寧にな」というようなインタフェースで、メールの返信が打てるらしい。

そしてもうひとつは、宇宙関係の話から、またいろいろと注目を集めそうなElon Muskの話だ。講演における質疑応答の中で「人工知能研究は現代の悪魔を召喚する」というような話をしたらしい(記事中に貼っていたビデオはMITからの著作権侵害の申し立てで削除されています)。

人工知能はバズワード的扱いをうけた時代もあったように思う。しかし今や、可能不可能の論議を超えた、たとえていえば生命科学における「倫理」のような話をしなければならない段階にあるのかもしれない。

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(翻訳:Maeda, H