The New York TimesとFacebookのファウスト的契約…ニュースのビジネスモデルはどう変わるべきか?

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[筆者: Tom Goodwin]
編集者注記: Tom GoodwinはHavas Mediaのストラテジー/イノベーション担当SVP。

高級紙は今、突然落ちてきた巨大な岩に押しつぶされそうになっている。これまでで二番目に最悪の意思決定は、自分たちのコンテンツをFacebookに無料でホストさせることだったが、しかし一番の最悪はそれをしないことだろう。

2006年に音楽業界がストリーミングサービスと契約を交わしたときを思い出す。それは彼らにもっと多くの人びとに到達する機会を与え、アルバムを買わない人たちにも音楽を提供できるだろうが、同時にそこには、コンテンツの価値を下げるリスクが伴うだろう。音楽へのアクセスがあまりに容易に、そして安易になるためだ。

The New York Timesをはじめ、多くのレガシー企業が、自分たちが未来に生き延びるために構築し投資してきたつもりのものから、その意図を裏切る現実をつきつけられている。それは、高級紙だけではない。タクシーの営業免許を持つ企業、BordersBlockbustersのようなお店、Kodakのようなメーカー企業…彼らが生産と流通のために築きあげてきた複雑で高価な資産が、今やデジタルの大洪水に襲われてその価値を下げ、無形の損失と化している。

The New York Timesは今でも、世界クラスのコンテンツを書くジャーナリストたちに高給を払い、それらのコンテンツは一晩で印刷されて全国に広まる。その過程を、複雑なロジスティクスが支えている。一方Facebookは、何も作っていない。彼らは大量のデータをそのサーバの上でホストし、それが抱える史上最良の個人情報で収益を稼ぎ出し*、そのすべてのお金はカスタマインタフェイスで作られている。〔*: 広告等のターゲティング、個人化のこと。〕

それらのレガシー企業は、愚かしい間違いを犯した。Uberがタクシーというレガシービジネスを殺しているのは、業界が、規制という幻想の壁で守られた成功の歴史の上にあぐらをかいていたからだ。KodakとBlockbusterは傲慢のあまり、誰でも自分たちを追いぬくことができる、という考えを封殺した。Appleよりも前からスマートフォンを作っていたNokiaは、その価値が、ハードウェアではなくソフトウェアと優れたユーザ体験にあることを見抜けなかった。旅行や音楽などそのほかの業界も、今世界を食べつくそうとしているソフトウェアとデジタル化の波に呑まれてしまった。もはや、変わるべきか・べきでないかの時代は遠く去り、どのように変わるべきかがメインの問(とい)になっている。

Facebookで無料で読まれることは、The New York TimesやBildのような高級紙にとっては、読者が増えるだけでなく、有料制という基本的な経営基盤を崩すことになる。

広告だけを収入源とするメディアにとって、コンテンツがFacebookでホストされることは、それほどの難題ではない。ネイティブオンリーのBuzzFeedでも、あるいはGuardianやBBCでも、それは広告収入が多くなる方法であり、読者が増えてコンテンツへの反応がより広範に分かる機会だ。しかしThe New York TimesやBildのような高級紙にとっては、読者が増えるだけでなく、有料制という基本的な経営基盤を崩すことになる。有料読者を増やすための拡販努力は彼らのメインの成長源であり、もしかすると、彼らの明るい未来の基盤かもしれない。

では、The New York TimesはFacebookへのコンテンツ提供を、未来の読者増のための無料購読マーケティングキャンペーンと見るのか、それとも広告収入の増加策と見るのか? それは、まだ分からない。彼らにも、分かっていないのではないか。

NYTにとってそれが何を意味するかはともかくとして、確実なのは、これからがジャーナリズムにとって厳しい時代になることだ。

ニュースの高級ブランドの死

これまでのニュースは、ニュースの専門企業が作って編集して消費者に届けるものだった。私たちは、Times(==NYT)を買ってその紙の上をナビゲートする。それは、消費者とブランドとの関係だった。私たちはニュースのプロバイダという公共性を信じて、さまざまな話題を読む。

でも現代社会の‘新聞の一面’はTwitterでありFacebookだ。紙面というより、個々の記事を読み、その話題や、見解を知る。メディアではなく、ライターがブランドだ。放送メディアのニュース番組も、重要性が薄れている。この記事でTechCrunchがTom Goodwin(私)をホストしたことは、吉か凶か? ソーシャルメディアでこれを見たとき、何かが変わるだろうか?

音楽やテレビでも、同じことが始まっている。かつては、アルバムを買い、土曜の夜にはNBCを視た。今では、個々の具体的な曲や歌が好きなのであり、〔TV番組では〕Breaking Badは好きだけど、どの局かは知らない。コンテンツがそのプロバイダから切り離され、プロバイダはコントロールを失う。

時代は変わる

このコントロールの喪失は、Facebookにとって好機になり、コンテンツが無料でホストされ広告収入がプロバイダへ行く形が、ニュース消費の究極の標準形として定着するのか?

Facebookはこれまでも、ブランドをあまり厚遇していない。無料でやって長続きしなかったものを、有料に切り替えたことはある。FacebookがWebへの一般的なポータルになり、世界へのポータルにもなりそうな今日、ニュースの高級ブランドは絶滅危惧種になる。それから先は、どうなるのか?

今は、ニュースコンテンツにとっておもしろい時代だ。ニュースを作り、収益化し、配布する方法が、変わろうとしている。ネイティブがいちばん良い、という結論になるのか? マイクロペイメント(小額支払)や独占形式(メディアとの再結合)が、価値あるコンテンツからブランドが収益を得る方法になるのか? 誰かが考えているように、eコマースなどそのほかの収益源や、商業的パートナーシップが、ニュースブランドを救う大きな力になるのか?

一つだけ確かなのは、FacebookにとってもThe New York Timesにとっても、これが実験であること。しかし後者がこの契約をキャンセルしても、消費者のビヘイビアはキャンセルできない。魂を悪魔に売ったファウストは、それを買い戻すことができない。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa