受託から再びスタートアップ、「新設分割」でSprocketが分離独立して資金調達した理由

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photo02「2000年創業で15年ほど走ってきました。2013年で年商10億円程度と、それなりにビジネスは安定してましたが、受託ビジネスはスケールしない。このまま行くのか? ホントは自分は何がやりたかったんだっけ? そういうことで悩んでいたとき、投資家から会社を3社に分けてはどうだとアイデアをもらったんです」

こう語るのは2014年4月に法人登記し、最近新たに1.2億円の資金調達をしたSprocketの創業者で代表取締役の深田浩嗣氏だ。Sprocketは、深田氏が2000年に創業した「ゆめみ」から分離独立した「スタートアップ企業」だ。

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スタートアップにとって受託は麻薬

スタートアップ企業にとって受託ビジネスは麻薬に似ている。創業チームがエンジニアリングに強いと、つい受託案件に手を出してしまう。大きなビジネスを立ち上げようという志で創業したものの、プロダクトの収益化の道筋が見つからないとか、資金が底を尽きそうとか、さまざまな理由で受託案件を取ってしまう。もともとエンジニアリングに自信があるチームであれば、いつでも自分たちの食い扶持を確保する売上ぐらいは作れたりする。

「麻薬」などと不穏な例えはしたが、受託開発ビジネス自体に悪いことは何もない。上手く回せば顧客は喜ぶし、収益もあがる。ところが、受託案件を回し始めると一定のリソースが費やされることになって、肝心の自社プロダクトがなおざりになる。しかも、受託ビジネスの収益がPL上インパクトを持ち始めると簡単にはヤメラレナイ体質になりがちだ。こうした理由から、成功しているスタートアップ企業の創業者が「受託は麻薬。絶対手を出してはダメ」というのを聞くことは少なくない。

10年以上に渡って受託ビジネスをしてきて、「新設分割」という耳慣れないスキームを使ってスタートアップ企業として再スタートを切ったSprocketの深田氏。その歩みは、多くの起業家やスタートアップにとって参考になる話だと思うので、少し長くなるが、まとめてみたい。

iモードブームで受託ビジネスは順調に

ゆめみは「モバイルをやろう」という方向性だけを定めて2000年に創業した。ちょうど1999年2月にiモードが登場したころで、すぐにケータイブームの波に乗った。「最初は自己資金で、ほとんど受託をやっていた」といい、企業の公式サイトを受託で作った。「作った瞬間に、ユーザーが一気に大量にくるような感じ。月額300円の有料サービスでも、すぐに数十万単位でユーザーが集まった」。まだケータイが小さなモノクロ画面で、着メロも単音という時代だ。同時期にケータイブームの波に乗ったIT企業にインデックスやサイバードなどがある。占いコンテンツや着メロなどがビジネスになっていた。

photo01ゆめみが知られるようになったのは、ケータイ向けショッピングサイト「ガールズ・ショッピング」を他社と協業で立ち上げた2001年から2005年のこと。「すぐに月商2、3億円になった。グローバルで見るとモバイルECの先進事例だった」(深田氏)という。ただ、レベニューシェアに絡んだ金銭問題で2005年に協業会社との関係が悪化。ゆめみは開発を受け持っていたが、「ECなので先方に売上が入る。システム開発のスピードが遅いというので、いきなり支払いが止まった。先方は金をもらいたかったら軍門に降れという感じだった。うちもキャッシュリッチでもなかったし、何カ月か入金が止まると苦しい。この人達のものを作るために会社を始めたわけじゃない」ということで、裁判にこそならなかったものの、合意の上で決裂するという結果になった。

事業会社やVCから資本を入れて、2005年にまた受託に業態を転換した。営業はおらず、社長の深田氏自らが案件を獲得していたが、「ニッチだったのもあって営業で案件を取るのに困ったということはなかった」という。当時の様子を深田氏はこんな風に振り返る。

「2004年、2005年にVCにお金を入れてもらった。エンジニアが多い会社なので、そこは評価を受けていたと思う。ただ、「こいつは助けてやらないと」という意識があったのではないかと思う。投資だから、もちろんビジネス的な判断もあったのだとは思うが、個人的にはVCに助けてもらったという風に感じている」

「まだ20代でワケが分からない状況だったこともある。40人の社員がいたが、いろいろとプロジェクトをやっている中で大型プロジェクトがあって、それが終わると、いきなり社員のうち半分の仕事がなくなるようなことが起こった」。

Badgeville、ゲーミフィケーションとの出会い

2007年ごろから風向きが変わった。スマホの波がやってきて、大手ファーストフードチェーン向けに「かざすクーポン」など先進的なシステム開発に携わることになる。いまでいうオムニチャネル・マーケティングの走りで、ビックカメラやトイザらスといった大手から受注し、事業基盤が安定してきた。

2010年頃、ゆめみに投資していたインキュベイトファンドの赤浦徹氏に「ゲームをやってみたら」とアドバイスを受けた。グリーやKLabが伸びていたし、mixiやMobageといったプラットフォームがあったので自明の選択ではあった。一方で、深田氏自身はゲーマーではなく、「なんでみんなゲームやるのかな」と疑問に思って敬遠していたタイプだそうだ。

結局、ゆめみでは3、4本のタイトルを出しはしたものの、企画・運用の両面でメンバーのスキルセットの不一致や市場参入のタイミングとして最後発だったことなどから、ゲーム事業は上手く行かずに撤退した。ただ、ゲームをやってみたことで見えてきたものがあるという。

photo03「自分でもゲームをやり始めたら、そのうち1つにハマった体験があるんです。カヤックが出した野球のゲーム。トータルのメカニズムがあって、良くできている。達成感や上達感、そのサイクルが良くできていて、なるほど、こういうことか、ゲームって良くできてるなと、その仕組に関心をもったんです。例えば、ただ煽るだけだとユーザーはお金を使いません。でもゲームをやり続けていくうち、例えば通勤の行き帰りに、このキャラを育てるのに1週間かかる。それを100円買えるなら、それは安いとなる。あ、なるほど、こうやってハマるんかと」。

「要するに心理学だなと直感的に理解できた。これはゲームじゃなくてもいいんじゃないのかって思った」

2010年というのは、ちょうどゲーミフィケーションという言葉が出てきたころでもある。深田氏は2011年にサンフランシスコで開催されたTechCrunch Disruptに行き、Badgevilleというスタートアップを知ったそうだ。Badgevilleは2010年創業の企業向けゲーミフィケーションプラットフォームを提供する企業だ。創業者のところに話をしに行き、2012年には「Sprocket」というサービス名でOEMとして国内事業を開始。

ただ、「Badgevilleは作りが荒かった」という。「規模が大きいと耐えられない。それで自分たちで作り始めたのが1年半前。2013年終わりぐらいです」。

これなら自分たちのほうがイケてるのでは?

2013年の夏ぐらいから深田氏は悩み始める。「本当の意味での事業ポテンシャルを追いかけるのに、これがベストな座組だろうかと。チャンスは大きいと思っていました」。Badgevilleは2010年創業だが、2012年までに5回のラウンドで合計4000万ドルほどの資金を調達していたり、Oracleからバイスプレジデント級の人材を引っ張ってきたりしていた。そういうアメリカのスタートアップ企業のダイナミックな成長をOEMパートナーとして目の当たりにして、「プロダクトの成長の仕方とか、サービスの品質を見ていて、なるほど、こんな感じと肌感覚で分かった」と深田氏は言う。「開発速度だったり、機能の強化だったり、ビジョナリーがどうディスカッションして、どうやってビジョンを形にしていくかといったことですね。最初は40億円ぐらいお金を集めてるし、開発スピードも速いし、これはかなわないなと思っていました。でも成果の出し方とか、もっとやり方があるのになとも思った。われわれがやってるほうがイケてるんじゃないのって」

Badgevilleは様々な要素を含むゲーミフィケーションのプラットフォームだが、実際に企業で導入して効果を出し、売上を立てるためには、啓蒙もしないといけないプロダクトだ。アメリカでは、ここをパートナー戦略でやることが多い。BadgevilleもAccentureやOracleと一緒にやろうとしていた。「ひと工夫すれば成果がでるタイプのプロダクト。これは日本的じゃないかと思ったんです。彼らにできないやり方で勝負できると思った」。

Badgevilleはその後、シリーズCの調達をしたところで、創業CEOが数億円のエグジットで辞めてしまい、また別のスタートアップ企業を始めた。ビジョンを語る人間がいなくなったことで、深田氏はBadgevilleが成長するわけがないと読んだ。そういうときに、じゃあ自分はどう成長の機会をとらえるんだ、と考えたのが現在のSprocketに繋がっている。

Sprocketはゲーミフィケーションを取り入れたオムニチャネルマーケティングツールで、今まで深田氏が日本の大企業を相手に提供してきたノウハウを実装した「エンジン」となる製品だ。「Sprocketは3、4割の完成度。人間がカバーしないといけない部分があって、スケーラブルじゃない。これを8割、9割と自動化していく」のが目標だという。受託ビジネスとは開発のアプローチも異なってくる。「受託をやってる中では、各プロジェクトで共通する要件ってなんだろうか、どうまとめるかっていうのは、あまり考えない」からだ。せいぜいノウハウのある人材がスタート時に全体像を描くのが早くなるとか、コードの流用が少しあるとか、そういう程度だったという。新しくSprocketを作るに当っては、改めて要件の洗い出し、壮大なマインドマップを描いたそうだ。何を入れて何を入れないのか、整理してみると受託とは全然違うものになったという。

3つに分割したうち新設2社の評価額は元の1社を上回る

Sprocketは「人的分割型新設分割」と呼ばれる方法で、ゆめみから分離独立した。実はネイル写真共有アプリの「ネイルブック」を提供するスタートアップ企業のスピカも、ゆめみからスピンアウトしていて、外部から2014年4月に5000万円の資金を調達し(その後、追加で1億円を調達)ている。だから、ゆめみは3社に分裂した形になる。「人的」とある通り、3グループに社員を分けた形だ。面白いのは、3つの会社の資本構成は全く同じで、既存投資家に影響はないこと。一方で、分離したSprocket単体で1.2億円の資金を調達できたのは成長性に対する評価が高かったからだ。もし分割せず、ゆめみのまま資金調達をしようと思っても「受託の会社として評価されるので、時価総額が付かない。ゆめみ単体だと10億円も行かなかったと思う」という。スピカとSprocketの新設2社の評価合計額だけで、すでに元のゆめみより大きくなっている。スモールビジネスと、スタートアップという2つの異なる成長モデルの違いがより評価額の違いに出ているわけだ。

ちなみに深田氏は「第二創業の覚悟にプレミアムが乗っているのかもしれません」としつつ、ぬるま湯でやるわけじゃないとコミットメントを示す意味でも、今回の資金調達では個人で資金を入れたそうだ。

深田氏は現在38歳。新たなスタートとはいっても、ゆめみ時代からB2C領域で実績とコネクションがあり、書籍の出版経験もある。Sprocketは創業1年にして社員12人、クライアント数20社、年商1億円も見えているという。「大手のクライアントが多いので、与信で落とされるまくるかと思ったら、意外にそうでもなかった」と順調なスタートのようだ。

マーケティング・オートメーションという大きな市場でみれば、マルケトEloquaHubSpotなど、グローバルで見れば競合や類似サービスがひしめしている。日本市場だとFlipdeskKARTEといった新しいところが出てきているところ。深田氏の分析だと、この市場ではこれまで、日本国内では日立やIBMといったSIerが競合となることもあったが、過去にITシステムといえばCIO予算だったものが、今はマーケティング部門にシフトしていることから追い風が吹いているそう。狙っているのは、マーケティングオートメーション市場の中でも中規模から大規模で、単一ツールではなく多種サービスを提供する統合型の市場。具体的には、カスターマージャーニー設計、リピートプログラムの設計・導入、ユーザー行動促進施策の設計・導入、データ分析による検証・最適化といった領域で、アナログ時代に当然だった「おもてなし」をデジタルで提供していくのだという。

「おもてなし、というと言葉として陳腐なニュアンスも出てしまうが、ぼくが京都生まれ京都育ちということもあって、本来の意味でのおもてなしとは何かということは深く考えているつもりがあります。「奉仕」的な意味ではなくて、むしろ主客間の切磋琢磨におもてなしの本質があるのですが、デジタル時代においてはこれがむしろ企業と消費者の関係のスタンダードになっていくだろうと。そして企業が消費者の自己実現を支えるような存在になっていくと考えています。個人的にも、値段勝負、クーポン勝負で決まっていくような社会にはぜんぜん魅力を感じませんし、もっと多様で豊かな勝負の仕方があっていいよな、と思っています。Sprocketは最終的には導入企業を通じてこういう世界観を実現するためのプラットフォームに育てていくつもりです」(深田氏)

以下にSprocketが提供するサービスのパーツ一覧とも言えるチャートを添付しておく。ここに企業での導入事例がある。

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