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商品よりも“作品”を、売り方の話よりも作家とファンの接点を——23歳CTOとマンガ編集者の挑戦

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漫画は、「商品」なのか、「作品」なのか。

Amazon.co.jpを筆頭にして、ネット上で漫画を売る場所は増え、同時に売り方やマーケティングに関する話も増えている。ただ、それではあくまで商品としての話であり、「作品」としてのではない。漫画を作品として出していくには、作家とファンが1対1で直接つながる関係性が求められるのではないか。

そのような考えから、イーブックイニシアティブジャパンのグループ会社であるマグネットは、漫画作品の公開・販売プラットフォーム「マグネット Publishing」を提供している。1年以上のベータ版運用の末、8月20日にサービスを正式オープンした。このサービスは一体なにを解決するのか。今回、同社CTOの草野翔氏と、代表を務める佐渡島庸平氏に話を聞いた。

 

左からマグネット代表取締役の佐渡島庸平氏、CTOの草野翔氏

左からマグネット代表取締役の佐渡島庸平氏、CTOの草野翔氏

“インターネット印刷所”を作る

もともとの出会いは2年ほど前。元講談社の編集者であり、現在は作家エージェントのコルク代表も務める佐渡島氏が、クックパッド代表執行役・穐田誉輝氏に出版業界の課題を説明していたところ、“すごいエンジニア”として紹介されたのが草野氏だったという。2人の出会いががきっかけとなり、1992年生まれの草野氏と1979年生まれの佐渡島氏で会社を立ち上げ、サービスを作ることになった。

草野氏は「電子書籍サービスというと少し違ってくるんですが……」と前置きしながら、「”インターネット印刷所”のようなものを作っています」と、マグネット Publishingを紹介する。このプラットフォームでは、作家は作品の発表や販売(売り上げの7割が作家に還元)、読者は作品の購入やSNSにおける埋め込みでの拡散などができる。

「もともとは電子書籍サービスをやりたい、ということで出発しました。でも、いまさら本屋さん(売り場)をやるのは少し違うと感じました。それよりも、作家の原稿をそのまま作品として見せたい場所がインターネット上にはないと思ったんです」(草野氏)。

マグネット設立前にはプロトタイプを作り、議論のたたき台にした。草野氏は以前から「単純な画像をシームレスに、ダウンロードを待つことなく読みたい」と思っていたそうだが、それを実現できるサービスがなかったため、自身で開発してみたのだという。また、電子書籍を出す際に、作家や出版社側がわざわざ自分たちでePubファイルを作るということにも疑問を持ちはじめた。Kindle出版のハウツーや、ePub ファイルの解説を主眼にしたKindle本が何冊も販売されているような状態で、はたしてそういったものは出版サービスなのだろうか。それはプラットフォーム側がやるべきではないか。

草野氏をはじめ4名のエンジニアで開発するマグネット Publishingでは、作家が画像ファイルをアップロードするだけで作品が発表できる。さらには大きな画像サイズ(たとえば横1万ピクセル)でも入稿可能だ。このプラットフォームでは、それらの元画像がディスプレイサイズに合わせて自動でリサイズされるなど作家の作業や負担を減らす細かな工夫もある。

ネットの強みは人と人を瞬間的につなぐこと

一方の佐渡島氏は、出版業界はいいシステムだったが課題もあると振り返る。

「出版社、印刷所、取次、書店など全員で出版という大きなシステムを作り上げていました。ぼくが出版社にいた10年でも、見せ方や売り方をめぐる議論がなされ、技術も進歩してきました。ただ、たくさんの人が関わることで、作者の思いや作品の質が劣化してきた側面があると思うんです。端的に言えば、作家と読者の距離が遠かった」(佐渡島氏)

では、オンラインではどうか。「インターネットの一番の強みは人と人を瞬間的につなぐところ」と佐渡島氏。作家とファンが1対1の関係でつながれるとしたら、コンテンツの価格は上がるのではないかという。

「売り場に並べて勝負するのではなく、ファンと直接つながり、手渡しするような関係で売る。でも、そういうコンテンツの発表の場や売り場がないから、マグネットが作るのです。ぼくが代表を務めている『コルク』の社名の由来は、ワインのコルクのように、(作品を)世界に運び、後世に残すこと。ワインって、『だれ』が『いつ』つくったのかという中身によって値段が決まるんです。同じように、コンテンツの値段も、『だれ』が『いつ』作ったのかによって、決まるようにしたい」(佐渡島氏)

だから、マグネットは「作家と読者をつなぐ漫画のネットワーク」という言葉を掲げる。オンラインでファンとつながる絶好の機会をつかむことは、作家と出版社のためにもなるだろう。直接つながったファンが、YouTubeやSlideShareのように埋め込み機能を用いて作品の認知を広げることもマグネットでならできる。SNSや作者自身のブログ上などさまざまな場で漫画の試し読みが可能になるのだ。

しかし、これまでネット上に漫画などのコンテンツが出てくると、それをどこでいかに売るのかという話だらけになってしまっていた。つまり、作家のつくったものが商品として扱われている状態だ。対照的にマグネットは作家の思いや原稿をそのまま伝える“作品”を発表(し販売)できる場を作っている。

「デジタル化で便利になりましたが、無機質な電子書籍では作家の思いや考えは全然伝わりません。草野さんとであれば、作家のこだわりを紙以上に再現できて、作家の思いを誰にも邪魔されずに、読者に直接届けていくものが作れるのではないかと思いました。ネットではコンテンツが無料でお金にならないからといって、みんなマネタイズの話にすぐ行きがちですが、ぼくらは収益があとからついてくると考えています。なぜなら、商品ではなく作品が求められていると思うから」(佐渡島氏)

技術ばかりを意識しすぎない

ベータ版では50名以上の作家が利用、読者を含めると1000人程度が登録をした。コルク所属の作家も利用し、SNSへの埋め込み機能のほか、さまざまな利用や感触を試している。今回の正式リリースでは、作家だけでなく、出版社も利用できるオープンなプラットフォームとなった。マグネットは、本質にこだわる。ビジネスのことは当分考えず、よりよい電子書籍のあり方を考え、実現していくことが最優先事項なのだ。

草野氏はCTOとして、「技術ばかりを意識しすぎないようにしている」という。「マグネットは、誰のために、なんのためにあるのかを繰り返し考えています。たとえば、作品の値段が時限的に変更できる機能を付けるのは、本質的に作家さんのためになるのかどうか。そのために意識的に技術研究をしています。よりよいリサイズ、よりよいページの扱いとはなんだろう。人工知能を活用ができないだろうか。そういうことを考え、試しています」

たとえばマグネット Publishingでは、画面サイズに応じて作品の画像サイズが変わるが、その際、きれいな画像が表示されるまで待つのではなく、一瞬粗い(ファイルサイズの小さい)画像が表示され、その後きれいになるようになっている。エンジニアとしては、粗い画面を一瞬ですら見せたくなかった。でも読者は多少粗くても、作品を読みたいのだから、なるべく高速に表示できる方法を選んだ。そういったディスカッションを交わしながら、マグネットは少しずつ作られている。佐渡島氏は「コンテンツのための本気の仕組みがまだない」と指摘する。

「世界的にみて、純粋にコンテンツのためのプラットフォームはほとんどありません。アップルもグーグルもコンテンツで儲けようとしていないから、仕組みが本気ではないように思います。そして、売り場だけが増え、売り方だけが先行しすぎると、ランキング至上主義になり、作家に対して売り場の方が立場が強くなりすぎてしまうんです。だから、便利なツールをつくり、作家の要望を叶えたいんです。

一方、リアルな売り場においてニッチな作品は多くの数は売れません。だから、大衆受けする商品にしないといけない。つまり、商品にするには芸術のレベルを下げないといけないんですね。だから、作品を作品のまま出して、大きな商売にしていくための仕組みを作ることがマグネットの挑戦なんです」(佐渡島)

業界の先の姿を見据えたサービスを

ところで、マグネットに資本参加しているクックパッドは今年4月、イーブックイニシアティブジャパンの筆頭株主となった。今後、マグネットとイーブックイニシアティブジャパンが業務提携を進めるなかで、マグネットが開発するシステムを電子書籍販売サイト「eBookJapan」に一部転用するプランもあるという。

このような漫画・電子書籍周辺の動きの1つの大きな流れとして、DeNAの「マンガボックス」やNHN Playartの「comico」などマンガアプリが活況を呈しているという状況がある。それについてはどう思っているのか。

「戦い方が異なる」——佐渡島氏はこう語る。「有力なマンガアプリは資金力があるので、まずはいまと地続きのほうがいいんです。つまり、みんな雑誌や漫画本を読んでいるから、それをスマホに置き換えるというのはイメージできるでしょう。でも、マグネットの場合は、資金力がないからこそ、現在の出版ビジネスの仕組みを置き換えるような事業をやるのはむずかしい。だから、変容していく業界の先の姿を見据え、そのときに便利に使えるツールを開発しているのです」

草野氏も「なにも食い合っていない」とスタンスの違いを強調する。「ぼくらはインターネット上で作品をよりよく発表・購買するにはどういうツールやプラットフォームが必要なのか、というのをずっと考えています。だから、マグネットのツールをマンガアプリなどのプレイヤーが利用することも十分にありえると思います」

ベンチャーキャピタルなど外部の資本を入れていないマグネットには、事業計画のようなものはないのだという。「本質的なこと、世間に役に立つことをやればお金が付いてくると考えています。そもそもクックパッドも、耐えて耐えて成長してきた。だから、マグネットはものづくりをする作家や出版社が使いやすいツールを作り、提供するだけです」(佐渡島氏)。

作家が作品として発表でき、ファンと直接つながり、ファンは埋め込みなどで作家を応援する。ベータ版での課題としては、なかなか購買まではつながらなかったことがある。この新しい購買体験をどれだけ当たり前にしていけるのかがカギになるのかもしれない。「売り方」や「売り場」ばかりが語られ、「プラットフォーム」が力を持ちすぎていたネット上のコンテンツを取り巻く環境のなかで、はたして、ネット上に“作品”がどれだけ増えていくのか――ビジネスよりも本質を見続けるマグネットの挑戦がスタートを切った。