いきなり50億円の1号ファンドを組成、最大手VCを辞めてBeyond Next伊藤氏が独立した理由

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「少なくとも30億円ないと戦えない。だから意地でも金融機関に入って頂きたいと思っていました」

新卒入社で11年間勤めた大手VCのジャフコを2014年夏に退職し、独立系VC「Beyond Next Ventures」を立ち上げた伊藤毅氏はTechCrunch Japanの取材に対して、そう話す。Beyond Next Venturesは大学発の研究開発型ベンチャーを投資対象として創設され、総額50億円となるBNV1号ファンド(Beyond Next Ventures1号投資事業有限責任組合)の組成がクローズしたことを今日発表した。

BNV1号ファンドの出資者には大手金融機関も名を連ねる。主な出資者は、第一生命保険、三菱東京UFJ銀行、東京センチュリーリース、グリーなどの事業会社と機関投資家、それに上場企業経営者などの個人と中小企業基盤整備機構だ。金額的には中小機構の20億円というのが大きいが、生保や銀行が出資しているのは注目に値する。

大学発の技術系ベンチャーへの投資を行うVCとしては、このところ大学が設立するファンドが東大、京大、阪大、東北大などで立ち上がり、総額1000億円のリスクマネーがこの領域に流れ込もうとする動きが出てきている。ただ、投資家がいわゆる「ピン」で独立系VCを立ち上げたのは珍しいし、1号ファンドで、いきなり50億円もの資金を調達したのも例外的だ。Beyond Next Venturesは医療機器やロボット、ハイテク素材などのベンチャー企業に投資していく。すでに3社に投資済みで、最終的なポートフォリオは10〜15社の予定。1社当たり4、5億円程度の投資を予定する。日本の技術系のエコシステムの現状と課題、新産業創出に賭ける思いを創業者で代表の伊藤氏に聞いた。

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Beyond Next Ventures代表取締役社長の伊藤毅氏

37歳でジャフコを退職、不安を抱えつつVC設立

2014年の独立時の伊藤氏は、学齢の2人の子持ち、住宅ローンも残る37歳だった。業界最大手を辞めてまで独立するというのは相当に思い切ったことのように思える。投資組合を作ってVCとして独立する、というのは起業にほかならない。

「よく聞かれるんですよ、お金を出してくれる人とか会社のめどが付いていたんですかって。でも、まったく(笑) ジャフコにいたときに起業の準備をしていたわけでもないんです」

「自分も起業家としてリスクを取って、いったんゼロにリセットしようということです。そこから積み上げて行きたかったんです。(投資する起業家の)相手との信頼関係を築いて行くとき、サラリーマンとして投資しているよりも共感も得られるだろうと、ずっとそう思っていました。一緒に仕事をする人たちも、みんな起業家ですからね」

転職や独立に際して家族に反対される「嫁ブロック」のようなものはなかったのだろうか?

「それもよく聞かれますが、ありませんでした。結婚した頃から妻には起業したいと言い続けていましたし、ぼくが楽しそうに仕事をしているのを見ていたからじゃないですかね。ただ、私自身は本当に不安でした。ファンドに本当にお金が集まるのかどうか……、あまりに不安だったので、まずお酒をやめたりしました(笑)」

37歳で独立という年齢については、もうちょっと若ければ良かったのかと思うことはあるとしながらも遅くも早くもないのでは、と話す。これは日本に限らないが、起業は若者のものと見られがち。でも現実にはシリコンバレーでも30代や40代の起業は多いし、日本でも中堅のベテラン会社員や技術者が起業する例が増える傾向にある。

転機となったのは産学連携グループへの移籍

いつか起業したいと考えていたとはいえ、伊藤氏はVC(投資家)として起業しようとは思っていなかったそうだ。

東工大の理系大学院を修了後、2003年に伊藤氏は大手VCのジャフコに入社した。当時の新卒入社は11人中10人が文系で、理系の院卒は伊藤氏1人だったという。最近でこそ「技術とビジネスを繋ぐ人」が求められているという認識から理系卒の比率も上がってきているそうだが、ジャフコの同期の中で伊藤氏は少し周囲と違った存在だったそうだ。

「ジャフコに入ったのは起業したかったからです。でも仕事をしているうちにVCが楽しいなと思うようになったんです。周りを見渡しても、産学連携分野では自分はそこそこ成果を出していて、得意な方なのかもしれないというカンチガイをして(笑)」

伊藤氏に転機が訪れたのは入社5年目となる2008年のことだった。「産学連携投資グループ」の責任者となったのだ。

「今でもそうですけど、当時ベンチャーといえばITでした。たしか当時、ジャフコ全体の投資担当者は100名弱はいたと思いますが、産学連携投資グループはその中では、かなり小さなチーム。私が引き継いだときには3人だけの一番小さいチームでした」

IT系スタートアップ企業はプロダクトのターゲットが個人向けということも多く、投資経験が少ない若手でも分かりやすい。一方、シーズの発掘がしにくい研究開発型・技術系を担当する産学連携投資グループには入社20年といったベテランが在籍していたという。1996年頃から10年近くやっていたものの、なかなか目立った成果に繋がっていなかったこともチーム規模が小さかったことの背景にある。

リーダーへの抜擢とはいえ、本流ではないグループへの移籍。「飛ばされたのかなと思うこともあった」と伊藤氏と振り返る。

ただ、2014年の退社時点で振り返ってみると、ジャフコ時代の伊藤氏は十分な実績を上げてきたことが分かる。ロボットスーツのサイバーダインの2014年の上場や、人工クモ糸を開発するバイオ新素材のSpiberへの投資と社外取締役として事業化支援を手掛けてきた。ほかにも、超高速DNAシーケンサの「クオンタムバイオシステムズ」などへのリード投資や、空気圧駆動アームによる術者へのフィードバック付き次世代手術支援ロボット「リバーフィールド」などの創業に関わってきた。

このジャフコ時代の経験から「大学のシーズには魅力的なものがあるなと分かった」(伊藤氏)のがVCとして起業した理由だという。新卒時代には何かしらの事業で自分も起業したいと思っていた伊藤氏だが、投資家として成果を上げてきたことから、「これが自分の社会の中での役割」と思うに至ったのだという。

研究開発ベンチャーに再びリスクマネーが戻ってきている

ここ数年でサイバーダインやユーグレナなど大学発ベンチャーでも時価総額が1000億円を超えるような、ロールモデルとなる企業群が出てきた。こうしたことから大学発ベンチャーの領域にリスクマネーが流れつつある。

伊藤氏は「生保も戻ってきた」と言う。1980〜1990年頃、金融機関がCVCを設立してリスクマネーを提供していた時代がある。1983年には店頭登録基準や東証2部上場基準の緩和を受けて大手銀行、証券会社ばかりでなく地銀系がVCを設立する例が相次いだ。「当時、日本全体の成長とともに各VCはリターンを出していました。ただ、リーマン・ショック以降は銀行系、金融系のVCは軒並み撤退して行ったんですね。それが今ちょっとずつ復活しつつあります」。

リスクマネーが再び技術系ベンチャーに戻ってきている背景には市況の変化ということもあるが、伊藤氏によれば、いくつか理由があるようだ。

1つはすでに書いたようにロールモデルとなる企業が出てきたこと。その影には失敗した事例もある。まず、投資する側からみると「ファンドサイズが10億とか20億とかで設立して失敗するファンドを見てきた」と伊藤氏は言う。研究開発型ベンチャーでは黒字化するまで50〜100億円が必要となるようなケースも少なくない。ところが、例えばファンドサイズが10億円だと、1社のシード期のベンチャーに投資できる金額はせいぜい累計1億円程度だ。これでは追加投資ができなくなってしまい、せっかく可能性が出てきていても資金が続かない。いわゆる研究開発型ビジネスの「死の谷」だ。

photo04a「試行錯誤の時代でした。産学連携投資グループを引き継いだときに調べたのですが、初回投資で終わってしまっているケースが多くありました」

「シード段階で投資しても、なかなか計画通りに行かないじゃないですか。でもマイルストーンまで到達していない、だから継続投資はしないっていう基準で一律でやっていたように見受けられました……。それで結果が出ないということがありました。多少の計画のズレは許容して、継続的に資金調達をしていけば次の投資家が入るところまで引き上げていける。投資家として、そこまで辛抱強く支えていかないといけない。これはお金だけの話じゃなく、経営や事業化の支援という面でもそうです」

技術が面白いというだけで投資をしてしまう。そんな目利き時点での失敗も大学発ベンチャーには少なくなかったという。

一方、ハンズオンと追加投資を続けて研究開発のシーズをビジネスとして育てていくモデルでは近年東大系VCのUTECが成功事例を次々と生み出して結果を出している。「少なくとも30億円ないと戦えない」という冒頭に引用した発言は、この辺の成功と失敗を見てきた伊藤氏の覚悟と戦略性から出た言葉といえそうだ。

官製ファンドよりも民間VCを増やせ

研究開発型ベンチャーへリスクマネー供給が増加する流れの背景にはもう1つ、研究開発に対して割り当てられる公的資金、いわゆる国プロとか助成金の動き方が変わりつつあることも見逃せない。

典型的なのは文科省の助成金だ。

従来から大学の研究などをプロジェクト単位で採択して資金を提供しても成果につながらないことが続いていた。これは当然の話だ。VCのように目利きができるわけでも、起業や経営経験者のようにビジネスの構想ができる人がいるわけでもない。何より、リターンに対するプレッシャーもゆるい。助成金を出している側としても「失敗」とは口が裂けても言えないから、助成金の成果として何か発表らしいものさえあれば、「成果が出ました」と言えば終わる。

一方、リターンを出す強烈なプレッシャーにさらされている民間VCは、採算に見合う投資しかしない。例えばBeyond Next Venturesの伊藤氏は50億円の資金を10年間という期限で預かっているが、これを100億円とか200億円にしないと次のファンドは組成できないだろう。もし全然成果が出なかったら失敗とみなされるから、キャリア上のリスクを負っているわけだ。

これは伊藤氏が言っていることではないが、ぼくはここに「キツイ上司」と「ゆるい上司」の違いに似た対立軸があると思う。高い目標を掲げて部下を鼓舞し、プレッシャーをかけて成果を出させる上司が良いのか、それとも放任型の上司が良いのかという話だ。短期的に見れば仕事がやりやすいのは後者かもしれない。でも、自分のキャリア上「あのとき最高の仕事をやった」と振り返るほど結果が出る可能性が高いのはキツイ上司の元で仕事をした場合だろう。「これが成果です」と何かしら発表しさえすれば良いという程度のゆるいプレッシャーの助成金をもらって世界に羽ばたくグローバル企業がたくさん出てくるようには思えない。

伊藤氏は日米の大学での研究開発費の規模と、それによるライセンス収入には大きな違いがあると指摘する。

大学の年間の研究資金は日米でそれぞれ3.5兆円、5.1兆円と1.5倍ほどしか違わない。しかし実用化による大学のライセンス収入となると、それぞれ2500億円と7〜15億円と桁違い。日本は米国の数百分の1にすぎない。このことから、伊藤氏は技術シーズの実用化による社会還元が急務だと指摘する。そしてそのためには技術とビジネスを繋ぐ経験を持った民間VCが欠かせない。

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※Beyond Next Ventures作成の資料より

そういう経緯もあって、2012年から文科省の科学技術振興機構(JST)は大学発新産業創出プログラム(START)というのを始めている。これは大学発の起業前のプロジェクトについて、プロジェクトだけではなく、目利きとなるVC(事業プロモーター)も外部から公募、審査して認定するというモデルだ。認定されたVCが支援するプロジェクトに対して助成金を付ける。このSTARTがうまく行き始めていることから、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)や総務省(I-Challenge)も同様の仕組みで助成金プログラムを走らせている。例えばNEDOの研究開発型ベンチャー支援事業ではエクイティ投資の最大5倍程度(15%:85%)まで交付金を付けることができる。これはイスラエルのモデルを参考にしたもので、VCのリスクマネーを増やす仕組みだ。「シードで1億円投資したいけど、そこまでできない、というときに国が足りない部分をカバーしてくれます。Beyond Next Venturesは、これまでの研究開発型ベンチャーへの支援実績を評価頂き、JSTやNEDOからの認定を受けているので、研究開発型ベンチャーの支援という意味で、そうでないVCに比べて競争力があります」(伊藤氏)

研究開発現場でも意識が変化

もう1つ、伊藤氏が「ようやく技術系ベンチャーもエコシステムが回り始めつつある」と見る理由として、研究現場の意識の変化がある。

「大学の研究現場にいる若い優秀な人たちが変わってきました。大学にそのまま残ってもだいたい研究者としての自分の将来が見えますよね。でも外で独立して会社を作れば違います。資金調達という手段があって、自分の研究を広げつつ加速できる。そういう考えを持つ人がでてきています。7、8年前に私が産学連携投資グループをやり始めたころとは全く状況が変わってきています。人もお金も動くようになってきました」

意識が変化しているのは、研究者たちだけではないようだ。独立した伊藤氏を追いかけるように、ジャフコ時代の同期入社だった植波剣吾氏がBeyond Next Venturesにジョインしている。当初、伊藤氏は植波氏の参加を断ったそうだ。先行きが不透明で、給料が払えるかも分からないという理由からだ。それでも植波氏はジャフコを退社した。そして実際、伊藤氏も植波氏も最近まで無給状態だったそうだ。

植波氏は伊藤氏とはタイプが違うのだという。器用に何でもこなす植波氏は、投資の実績もあったが、ジャフコの中で投資事業を支えるバックオフィス系の業務で頭角を現した。ファンド組成、法務やコンプライアンス、危機管理、広報・IRなどを担当。そうした業務をこなす植波氏が加わったことはBeyond Next Venturesが金融機関から出資を受ける上で追い風になったと伊藤氏は説明する。

「当初、金融機関さんに話をしに行ったときには、『伊藤さん、これは会社の体のなしていませんね』と言われたんです。でも私自身は断られたとは受け取らずに、リベンジしようと楽観的でした(笑)」

ジャフコ時代の同期がジョイン、企業経営者個人からも資金が集まる

ファンドの基本的な設計をどうするのか。預かった資金をどのように適正に管理するのか、投資判断の組織はどうなっているのか、実際に資金を企業に投資する手続はどうするのか。法務・税務などのリスクはどう管理するのか。そうしたことを担当しているのがVC業務全般を広く経験してきた植波氏だ。

「2人で一緒にカバーする仕事も多いですが、大まかに、私がフロント、彼がバックという役割分担です。彼も本当はずっと投資をやりかったのだと思います。でも彼は器用に何でもできちゃうタイプ。複雑な契約書を作ったりする一方で、それこそオフィスの電球交換とかもできちゃうタイプ」

「独立系VCに対して、事業会社や個人投資家が出資するということはあると思います。分野特化で、その領域の経営者らが出資するということですね。でも、それだけだとファンド規模を大きくできません。大きな資金を運用しようと思うと金融機関などの機関投資家からお金を預からないといけませんが、これは難しい。Beyond Next Venturesには植波がいたから体制もきちんと整えられて、機関投資家も資金を入れてくれたのだと思っています」

BNV1号ファンドの50億円の資金のうち20%に相当する10億円程度は複数の個人投資家が出資しているという。出資しているのはIT系の上場企業の著名な創業者や経営者ら。Mistletoe社(連続起業家の孫泰蔵氏がオーナー)も含まれる。スタートアップ企業と同じで最初はエンジェル投資家から、そして次に事業会社、そして金融機関へ、というように伊藤氏は資金を集めていった。つまり、BNV1号ファンドが50億円もの資金を集められたのは、日本でエンジェル投資家の層に厚みが出てきたこととも無関係ではない。

中小機構は民間VCのファンド組成において、調達額と同額程度を出資する独立行政法人だが、まだ実績のない1号ファンドに対して20億円を出すというのは珍しい。

VCとして独立して果たしてファンドの資金調達はうまくできるのか。それが不安で仕方なかったという伊藤氏。しかし出資者の顔ぶれを見ると、そんな伊藤氏への応援の声がたくさん聞こえてくるように思える。Beyond Next Venturesは1号ファンドの運用を始めたばかりだが、大学発で世界に通用するスタートアップ企業が生まれてくるかどうか、今後に注目だ。

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