シリコンバレーでSlackが流行るワケ:開発者マーケティングが重要に

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シリコンバレーで最も活発にシード投資をしているVCの1つ、Andreessen Horowitz(a16z)が続けているポッドキャストを聞いていて、最近膝を叩いたことがある。「いまや開発者こそがプロダクト購買の意思決定者にほかならない」という観察だ。これはSlackが爆発的に伸びている背景にある大きなトレンド変化だと思うし、とても重要な論点だと思う。SaaS領域の投資などを担当してきたa16zパートナーのMartin Casado氏とPeter Levine氏の意見を紹介しつつ、少し時代の流れを考察してみたい。

かつて開発者は鉛筆を買う予算すら与えられていなかった

かつて自分自身がソフトウェア開発者だったというLevine氏はまず、かつての開発者というのは「鉛筆1本を買う予算すら与えられていなかった」と過去を振り返る。IT部門が選んだツールを使ってコードを書き、IT部門が選んだコンパイラーでソフトウェアをビルドする。それ以外の選択肢はないし、ツールを選ぶ権利などもない。執行できる予算は1円も与えられていなかったのだ。

それは、かつて開発チームとかIT部門というのがコストセンターだったからだ。

5年ほど前のGitHub登場のころから、時代は変わった。今やテック企業は当然のこととして、GEのような伝統的製造業、あるいは金融や旅行業など多くの企業で開発チームがビジネスの最前線となり、プロフィットセンターとなりつつある。ウェブやアプリでのユーザーとの接点設計こそが接客のための店舗作りとなり、クラウドを使ったビジネス・プロセスの設計こそがサービス運営のコアという時代を迎えつつある。

その結果として何が起こったか? 開発者たちが良いと思うプロダクトを経営やIT部門が追認するようになった、というのがLevine氏の見立てだ。

かつてソフトウェアはパッケージで販売されていた。古くはフロッピーディスク、その後は光メディアなどに焼き付けられて、箱に入って売られていた。そうしたかつてのソフトウェア・ビジネスでは、導入企業の経営者とセールス担当者がたまたまゴルフ友だちだからとか、そういう理由で導入の意思決定が行われ、誰も使わないソフトウェアが全社導入されるということがあった、とLevine氏は振り返る。

全社導入に6カ月先駆けてテスト導入するのは、オンプレミスと呼ばれる自社管理するサーバーを持っていた時代の話。クラウド全盛の今は、いきなり現場が無料プランで使ってみて、より多くの支持が得られたものがいつの間にか会社内に広がり、やがて経営者が全社導入を追認するようなことが起こる。ぼくの見聞きしてきた中でも、GmailやDropbox、Slackは、全部そんなふうに導入されてきた。もっと開発者寄りツールの話でいえば、LinuxやRuby、GitHub(git)やAWSなどはすべて現場開発者のボトムアップで支持されてきた民主的プロセスで人気を勝ちとったプロダクトたちだ。

もはや、IT部門が各社の「ソリューション」を比較して導入の意思決定をする時代は終わったのだ。このことをCasado氏とLevine氏はポッドキャストの中で「ITの終焉」とまで表現している。オープンソースやSaaSの登場でソフトウェア導入のプロセスが変わり、トップ営業ではなくボトムから導入は始まるようになった。開発部門のリーダーですら、古い意味での「IT」だという。

ちなみに開発者向けマーケティングで事足りるなら、ソフトウェアを企業に売りに行く営業職はいらないということになる。a16zパートナーの2人は、そうは言っていない。最終的な意思決定者による決裁が必要だし、全社的に利用サービスを統一する必要があるから、むしろある段階から経営陣の誰かを巻き込めと言っている。さらに、会社内の違う部門で異なるニーズがあった場合に、そのニーズを満たす自明でない小さな機能があることを説明する要員としてセールス担当者は相変わらず重要だと話している。

開発者にウケるソフトウェアとは?

さて、開発者に気に入られるソフトウェアはどういうものだろうか。

そのカギの1つは「やれることを全部ちゃんとやっていて、あるべき姿になっているソフトウェア」なんじゃないかと思う。ソフトウェア開発者やUI/UXデザイナー、プロダクトオーナーと呼ばれる前線の人々は多くのアプリやサービスに触れつつ、自分でも作り出している。だから何が実装可能で、何が実装不可能かを、その実装コストや難易度とともに良く理解しているものだ。だから、数字の全角と半角の違いでエラーを返すようなサービスを見ると苛立つのだ。そんなものはコンピューターが(あるいはソフトウェア開発者が先回りして)、なんとかしてくれて当然だからだ。

逆に、使っていて笑みがこぼれるソフトウェアというのがある。「よくぞ気づいてくれた」「そう動いてくれると思った!」と期待通りであるか、それ以上に気を利かせて先回りして動くソフトウェアだ。さらに、「こんな機能が実装可能なのか!」「なるほど、これは賢い!」と小さな驚きが続くようなソフトウェアもある。Slackは間違いなく、そうしたソフトウェアの1つだ。ユーザー認証のログインのフローや、APIの使い勝手1つを取っても、「なるほど、そんなやり方があるのか」と思わせる実装になっている。使いやすさという点では、今でもウェブやアプリには小さなイノベーションが起き続けている。そのほとんどは機能一覧に載るようなものではない。しかし、その集積こそが笑みのこぼれるソフトウェアのカギだと思う。

使いやすさは1つの機能だ。ユーザーに対してやれるだけのことをやる。この機能を実装していないソフトウェアは非常に多い。ユーザーであるはずの人間が怒られたり、萎縮させられたり、緊張を強いられたり、非人間的な繰り返し作業を強いられるような、そういうソフトウェアが当たり前という時代が特に業務アプリの世界では長らく続いた。

こういうことを書くと、開発者が使いやすいものが一般ユーザーに使いやすいとは限らないぞ、という反論があると思う。それは2016年ではその通りかもしれない。ただ、そういう主張は「ワープロやメールが使える人がやりやすい仕事の進め方がベストだと限らない」と言って手書きや郵便による仕事を続けた1990年代の中年サラリーマンたちの時代錯誤のようなものではないかとも思う。

例えばデータベース的概念を理解したユーザーであれば、ToDoアプリの動作としては、やはりデータベース的な整理や柔軟なクエリ表示ができるUIを「あるべき姿」として好むだろう。しかし、そうした発想がない利用者は作業机に紙の付箋紙を手で並べるような整理の仕方を好むだろう。今後どちらが優勢になるか? 開発者に限らず、今後一般利用者の間でのITリテラシーも上がっていくだろうから、ぼくはシステムの動作原理を直感的に理解しているユーザーたちに支持されるソフトウェアが勝っていくことになると思う。かつてビジネスメールの世界だと、Outlookを始めとする3ペインのメールアプリに慣れた人たちは「フォルダに分類する」というメタファーから抜け出せず、Gmailを使いづらいと言い募った。でもその後に残ったのはGmailのほうで、むしろ消えたのはGmailを使いづらいといった人々のほうだった。

B向けソフトウェアとC向けでは話が違うだろうし、Slack流行の背景には、APIによるサードパーティーエコシステムの興隆、AIボットへの市場の期待感など多くの要素があるとは思う。ただ、特に法人向けにおいて開発者に支持されるソフトウェアが売れる時代になったということがあるとすれば、これは重要なソフトウェアビジネスのトレンドだと思う。アーリーアダプターの口コミが重要な役割を果たすようなIoTプロダクトでも、開発者が微笑むようなUXでないと売るのは難しいと思う。