ソフトバンクが出資したCinarraの広告配信がローンチ、スマホ行動履歴の活用とプライバシー保護の両立を狙う

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Cinarra Systems 共同創設者CEOのAlex Zinin氏

スマートフォン利用者の行動履歴情報──その潜在的なビジネス上の利用価値は非常に高いが、その一方で個人のプライバシーと密接に結びついた「取り扱い注意」の情報でもある。スマートフォンは常時持ち歩くものだし、携帯網やWi-Fiを活用して取得した高精度な位置情報もデータとして取れている。行動履歴のデータがあればユーザーの行動パターンを精密に把握できる。だが、プライバシー保護との両立が難しく、ビジネスで有効活用することは簡単ではない。

では、プライバシーを保護しつつ、スマートフォンの行動履歴に基づく高精度なデータ分析や広告配信ができれば、そこには巨大なビジネスチャンスがあるのではないか──これがCinarra Systems(Cinarraはシナラと読む)が立ち上げた広告配信プラットフォームCinarra DSPの狙いだ。

Cinarraは米国で2012年4月に設立。2015年7月には日本のソフトバンクがリードインベスターとなり20Mドルを調達している。米国シリコンバレー、日本、シンガポール、ロシアに拠点を置く。Cinarraが開拓した最初の市場が日本市場。そして一緒に組む携帯電話事業者はソフトバンクだ。Cinarra DSPはこの2016年6月1日に正式にローンチした。すでにソフトバンクの利用者はこの広告プラットフォームで配信された広告を目にしているとのことだ。日本や各国の他の携帯電話事業者とも商談は進めている。

携帯電話事業者の持つデータをビジネスに結びつける

「プロジェクトの発端は、MNO(携帯電話事業者)と広告主の連携というアイデアだ」とCinarra Systems 共同創設者CEOのAlex Zinin氏は話す。氏は、Alcatel-Lucentのバイスプレジデント、Cisco Systems APACのCTOを経てCinarra Systemsを立ち上げた。

「MNOには一般消費者の行動履歴というビッグデータがある。プライバシー保護を念頭に置きつつ、どう分析し、どうビジネスに結びつけるか。そこを考えた」。

Cinarraのプラットフォームは、携帯電話事業者の社内で動く部分と、社外で動く部分に分かれている。Zinin氏によれば「ユーザー分析とセグメンメンテーションを携帯電話事業者の内部で実行し、個人に紐付く情報は携帯電話事業者から外に出さない」仕組みを構築した。携帯電話事業者の社外に出て広告配信に使われるデータは、個人を特定できないように”Depersonalized”を施す(日本でよく使われる用語では「データの匿名化」が相当するだろう)。「我々の中核となる技術はリアルタイムレコメンデーションテクノロジー、RTRだ」。

広告のターゲットは特定の個人ではなく、行動範囲などの特徴が共通するセグメントだ。「例えばフィットネスクラブによく行く人々はスポーツに関心があるだろう。空港によく行く人々は旅をする人だろう。カーディーラに足を運ぶ人は自動車を買おうとしている人だろう。こうした人々に向けて、スポーツ、トラベル、自動車の広告を出すことができる」(Zinin氏)。

この枠組みにより、次のような情報を活用できる。(1)過去の行動履歴(位置情報を伴う行動パターン、例えば「長距離通勤者」を特定できる)、(2) 現時点の位置情報、(3) 属性、デモグラフィック情報(例えば「渋谷区在住の20代女性」を特定できる)。従来の広告配信よりも精密にオーディエンスを把握し、より高精度にターゲティング広告を出すことができ、広告配信後の行動を使った「後付け分析」により高精度な効果測定が可能となる。

「従来の広告プラットフォームは、ユーザーの行動をCookieにより追跡するアプローチが主流だった。だが、モバイルではアプリが主流だ。Cookieは使えない」(Zinin氏)。そこで通信事業者が持つデータを有効活用できれば、Web閲覧履歴より優良なデータを取れるというわけだ。「ユーザーのリアルライフの位置情報からは、強力なシグナルが出ている」。

位置情報を使った広告配信といえば、例えば特定の地理的な領域にユーザーが入った段階でプッシュ型広告を送る「ジオフェンス」がある。だが、Zinin氏はこうしたコンセプトは一蹴する。「ジオフェンスは、ユーザーがその時点で通りかかり、その時点でスマートフォンを使い、その時点でたまたま関心を持っている、そうしたあらゆる確率のかけ算の結果の集団にしか有効に届かない。行動履歴データを使った広告配信とはスケーラビリティがまったく違う」。

同社資料によれば、Cinarra DSPには以下のような活用方法がある。(1) マイクロモーメント。例えば「利用者が夜の繁華街に飲みに出かける」瞬間を狙い広告を配信する。(2) リアル店舗。例えばどのメーカーでも自動車ディーラーを直近2週間で1回以上訪問した「ホット層」に広告を配信でき、その後の来店コンバージョンにより効果測定ができる。(3) リサーチ。アンケートバナーにより特定エリアの活動者におけるブランド利用率を検証したり、広告配信後の後付け分析により潜在的利用者を特定できる。

通信事業者の外に出るデータは匿名化する

日本では、2015年の個人情報保護法の改正に先立ち、パーソナルデータ活用の検討が行われた。そこで出た議論の中に「k-匿名性」という概念がある。個人と紐付かないよう統計処理された情報だとしても、非常に母数の件数(k)が少ないグループに所属することが分かれば、事実上個人を特定できてしまう。例えば「1日1人しか使わない駅に乗り降りしている」人々のグループに属していることが分かれば、それは個人の特定と同じだ。この問題に対してZinin氏は「非常に母数が少ないグループの情報は出さない。”Reidentification”ができないような配慮は、もちろん施している」と説明する。

Zinin氏の用語を使うと、「ReidentificationできないようにDepersonalizeしたデータ」に基づきオーディエンスを分析し、広告配信のターゲティングをすることが、同社のプラットフォームの機能ということになる。

プライバシーに関する統制について聞いた。「内部的なポリシーを定め、厳しくやっている」(Zinin氏)。「ポリシーでは、ユーザーデータは通信事業者の外に出て行かないことを定めている。ターゲティングも、ユーザーが対象ではなく『セグメント』が対象だ。そして、ユーザーは常にオプトアウトできる」。

ユーザーのWebアクセスの行動履歴を取得してターゲティングする広告配信と、Cinarraが提供する広告配信プラットフォームは大きく違う。ユーザーが常時持ち運ぶスマートフォンの行動履歴とは、つまり実世界のユーザーの行動をありのままに反映したデータだ。このようなプライバシーに密着したデータをDepersonalizeして、リアルタイムに分析、広告配信に結びつけたところが同社のプラットフォームの特徴だ。広告主の立場からは、今まで作れなかった精緻なターゲティングに基づき広告を打てることになる。

「通信事業者の外に出すデータをDepersonalizeする」やり方の詳細までは、今回のインタビューでは聞けなかった。利用者の立場からは、オプトアウトするかどうかを判断するための材料が欲しいところだ。同社のビジネスに注目していくととともに、プライバシー保護のやり方に関する情報公開にも期待しておきたい。