きっかけはキャリア上の焦り―、元加速器研究者が電子顕微鏡に動画イノベーション

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経済学者シュンペーターの定義に従うなら、「イノベーション」とは新しい結合のこと。今まで加速器と電子顕微鏡をくっつけようと考えた人はいなかったようだが、フォトエレクトロンソウルというちょっと変わった名前の会社がやろうとしてるのは、まさにこの新結合だ。

取材の席に着くなり「宇宙の初期状態を創りだす電子ビームなんです」と切り出したのは、2015年7月に研究開発系スタートアップ企業「フォトエレクトロンソウル」を共同創業した西谷智博博士だ(下の写真右)。フォトエレクトロンソウルは2016年3月にBeyond Next Venturesからシード資金として1億円を調達したことを、この6月に発表している。

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フォトエレクトロンソウル共同創業者でCEOの鈴木孝征氏(中央)、同じく共同創業者で技術開発担当の西谷智博(右)、同社に投資したBeyond Next Venturesの伊藤毅氏(左)

西谷氏は、もともと加速器向けの電子ビームの研究開発をしていた人物だ。加速器のことをあまり知らない人からしたら「宇宙を作る」というのはSFの物語に思えるかもしれないが、これはもちろん比喩的表現。宇宙初期の状態を再現するような高エネルギー状態を作って、未解決の物理学の問いに答えを出したいという意味だ。

宇宙誕生の瞬間(ビッグバン)の高エネルギー状態を人工的に作る装置として、大きさがキロメートル単位になる巨大な加速器が使われる。日本だと113番元素(ニホニウム)を発見した理化学研究所仁科加速器センターやSPring-8(スプリングエイトとして攻殻機動隊にも登場)、高エネルギー加速器研究機構があるし、アメリカではSLAC国立加速器研究所やブルックヘブン国立研究所、ヨーロッパだと欧州原子核研究機構(CERN)のスイスとフランスの国境にある大型ハドロン衝突型加速器が有名だ。CERNといえば、むしろHTMLとWebの生誕の地として知っている人のほうがTechCrunch読者には多いかもしれない。

ともあれ、こうした加速器というのは荷電粒子(プラスとかマイナスの粒子)を光の速さの9割以上という超高速にグルグル回して最後に正面衝突させることでビッグバンに近い高エネルギーを作り出す。ぶつけたときに飛び出すツブツブの中に未発見の粒子を見つけられることがある。理論的に存在が予言されていながら未確認だったヒッグス粒子発見のニュースに研究者らが色めき立ったのは2015年のことだ。

2つの異なる世界を結び付けたきっかけはキャリア上の「焦り」

西谷氏は、この加速器で使われる「電子ビーム」の研究・開発をしていた。

「(名古屋大学)大学院のときから20年来の研究テーマです。宇宙や素粒子の研究がしたい、宇宙がどのように誕生したかに迫りたいと思っていました。自分で開発した装置からの電子ビームがビッグバン、宇宙誕生の状態を作れるなんてこれ以上のテーマはないと思っていました」

「加速器内で衝突させる粒子として電子ビームも使います。電子というのは実は、素粒子の世界ではコマのように右巻きと左巻きに回る2種類があって、その一方だけのビームを選択的に使うと小さなビッグバン状態を生み出すんです。それだけでなく、加速器が要求するのは、時間的、空間的な構造についても超高密度な電子パルスビームなど、究極に高性能な電子ビームです。こうした電子ビーム制御の研究と開発には半世紀に及ぶ蓄積があるんですね。これを電子顕微鏡に応用すると、ナノメートルレベルの分解能で、今まで電子顕微鏡で見ることのできなかった瞬間の状態だけではく、高速の反応や動きが見えるようになります」

ジャンルが違うとはいえ、すでに加速器の世界で実用化されていた電子ビームがあって、それを「電子顕微鏡に使ったらいいんじゃないの?」と考えただけであれば、なぜ今までなかったのか不思議に思える。西谷氏の答えは以下のとおりだ。

「素粒子物理に関わるヒト、加速器のヒトというのは、やっぱり宇宙の始まりを知りたいのが目的ですから、産業技術にも使おうという考えにはなかなか至らない。また、高エネルギー加速器はサイズがキロメーターに渡る巨大な装置なので、その一部とはいえ、電子ビームを生み出す装置ですら数メートル・数百キログラムの大型装置であっても良かったんです。さらには、加速器1つは数百億から数千億円規模なので、電子ビーム装置も数億円の予算。安く、小さくするインセンティブがありませんでした」

photo03では「宇宙を作りたかった」はずの西谷氏が顕微鏡に目を向けたのは、なぜなのか。

「広い意味でポスドク問題があります。加速器研究というのは巨大装置なので、開発となると大規模な公共事業のような世界なんですね。お金がかかります。研究開発費が削られて公的資金が得られなくなってきて、ぼくら末端の研究者は食えなくなってポストを転々としてきました。このままでは研究テーマとして長年培ってきたものがなかったことになってしまうという焦りがあったんです」

「それで今から7年ほど前のことですが、いや、ちょっと待てよと。産業利用すれば世界を変えられるかもしれない、この状況を変えられるかもしれないぞと気が付いたんです。電子顕微鏡や3Dプリンターの世界に、自分のやってきた電子ビーム技術を持ち込めば面白い。そういう想像ができたので、そこから頭を切り替えたのがきっかけです」

実際に電子ビーム発生装置を小さくするのは容易ではなかったものの、電子顕微鏡に入る程度までサイズを小さくする、という課題に取り組み、産業利用に十分な1/6のコンパクト化に成功した。培ってきた技術とノウハウをフル活用したというが、本人としては「意外にできてしまった」のだそうだ。

ミクロの「動き」が捉えられる初めての電子顕微鏡

電子顕微鏡では、電子ビームを観察する対象物に飛ばして透過した電子の像を見ることでミクロの世界を観察するが、解像度という意味ではもう十分なレベルに到達している。

「電子顕微鏡は今やピコメートルの極微小の世界、つまり原子まで見えます。だから、『それ以上小さなものを見る』ことを考えるだけじゃだめなんです。見方を大きく変えてみることはできないのか。次世代の電子顕微鏡には、これまでと違った期待に応えなければいけない時代に差しかかっています。次に何をしたいかというと、今度は極微小なレベルでの”動き”を捉えるんです」

現在の電子顕微鏡では化学反応などの高速の動きは見れない。多くの化学反応には教科書に説明や図がのっているものの、誰も実際に見たことがない現象が多数ある。多くの場合、電子顕微鏡などの詳細な観察では反応前と反応後の状態しか今の技術では見ることができないのだ。

電子顕微鏡がスナップショットの静止画しか撮影できないのは、コントラストがはっきりとした1枚の画像を撮るのに数秒単位の電子ビーム照射が必要だからだ。西谷氏は、これまでより1000倍も高密度な電子パルスにより、この秒単位の照射時間をミリ秒単位に縮め、さらには、高速の動画撮影までを可能にするという。

「この夏には大手メーカーと一緒にエイヤで既存の電子顕微鏡に搭載してみようという話になっています」。

「エイヤ」というのは、ともかく原理的にできることを証明するということで、商業的に必要な検証は後回しということ。ただ、もし誰も見たことのないタンパク質の動きなどを捉えられたら、それだけで人類初の観測という学術的にも大きな成果になると期待しているそうだ。

光をあてることで電子をはじき出す新方式

従来の電子顕微鏡に搭載されているのは「熱カソード」と呼ばれる電子ビーム(下図左)。2000〜3000度に金属を熱するとエジソン効果と呼ばれる現象で電子が飛び出して来る。ただ、これだと放射状に電子が広がってしまうし、空間的にも時間的にも細かな制御ができない。一方、加速器で使われる電子ビームは「半導体フォトカソード」と呼ばれる別の方式(下図右)。光を半導体に当てると電子がビームとなって飛び出す。時間制御の自由度がはるかに高く、単位時間あたりの電子の量も桁違いに多いのだそうだ。

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いまの熱カソード方式の電子顕微鏡には照射時間以外にも制約がある。

電子は真空中でないと走らないので、電子顕微鏡を使った撮影にはタンパク質などは凍らせる必要がある。凍らせると今度は電子ビームが試料を揺れ動かす「熱ドリフト」と呼ぶ現象が起こり、対象物がズリッと動いてしまい撮像がブレてしまう。このため、1枚撮影するたびに熱ドリフトがおさまり対象物が静止するまで1〜10分ほど待たないといけないという「観測スループット」の問題がある。タンパク質の3次元構造解析をしようにも、同一対象物を複数回撮影すること自体とても骨の折れる作業なのだそうだ。半導体フォトカソード方式なら熱ドリフトよりも早い撮像、”瞬撮”ができるので、観測スループットを「分からミリ秒へと1万倍速める」ことができる。

例えば、筋肉の収縮などに重要な役割を果たしている「アクチンフィラメント」と呼ばれるタンパク質の複合体がある。教科書にはその3次元構造の模式図も掲載されているものの、本物のアクチンフィラメントの3次元構造や、ましてその動きを捉えた科学者はいないそうだ。

「血管の中で血液の流れが実際にどうなっているのか。実はそうしたこともよく分かっていません。医療やバイオは、数で統計的に研究している段階です」

「だから、もし新型電子顕微鏡で化学反応の動きが見えたら、医療や創薬で有効なはずです。いまのわれわれの研究の延長上には、凍結試料ではなく水溶液の中のものを撮影するというテーマも含まれています。もしこの技術ができたらリアルタイムで実際の反応が見られますから、創薬プロセスは大きく変わるでしょう」

今のところ新薬の探索では、実際の反応プロセスや薬理作用が生まれるメカニズムは分かっていないことが多く、約100万種類の化合物を調査するというような網羅的アプローチが取られている。これがもし、メカニズムの解明や、標的とするタンパク質の形を迅速に明らかにできれば、新薬探索の「打率」を劇的にあげられる。フォトエレクトロンソウルでは調査対象の化合物を100万種類ではなく、数百種類に減らせるのではないかと考えているそうだ。今の新薬開発では、このプロセスに平均で6年、2.3億ドルの開発費がかかっているともいわれている。

同様に、太陽電池や燃料電池といった材料開発の分野でも原子レベルでの動きを見たいというニーズがあるそうだ。

名古屋大学はスタンフォード大より先を走っていた

西谷氏が半導体フォトカソードを電子顕微鏡に応用しようと考えた背景には、研究者キャリアの不安があったという。ポスドク1万人計画通りにポスドクの数は増えたが、ポスドクの任期が切れた後のポストは増えていないのだ。それにしても、ほかにも誰か応用を考えなかったのだろうか? どうして西谷氏らだけに作れるのか?

この問いに対して、フォトエレクトロンソウルのチームからは2つの答えが返ってきた。

1つは「名古屋大学はフォトカソードや電子ビーム研究でトップランナーだったから」というものだ。

「半導体開発は工業製品である一方、一種の『生もの』でもあるのです。半導体材料は結晶であり、宝石ができる過程と同じように圧力や温度などが整った環境で初めて生成されるからです。この炉に入れれば必ずこういう半導体結晶が出て来る、という品質・工程管理が大事で、そういうのは日本が得意だったんです。青色LEDのガリウムナイトライドに代表されるように名古屋大学は半導体には強かったんです」(西谷氏)

鈴木氏は名古屋大学の蓄積を産業用途へ活用する使命感を感じているという。

「電子ビームと半導体は名古屋大学のお家技術なんです。かつてはスタンフォード大学としのぎを削っていてフォトカソードや電子ビームの性能では30年ほど世界のトップだったのです。名古屋大学が技術的に突破してきたものを、1、2年ほど遅れてスタンフォードが論文を書いていました。それが今やスタンフォードに塗り替えられつつあります」

「技術の育成と承継がうまくいっていないと見ています。背景には、若手研究者のポジションの不安定化とか予算の付け方の変化などいろいろあるとは思います。でも、アカデミアにおいて日本という国が時間と資金を投資して培ってきた、そして産業的にも大きなポテンシャルを秘めるこの技術をこのままにしておくのは大きな損失ではないでしょうか。我々はこの技術を産業技術としてきちんと仕上げて、社会に還元していく、違う形で花を咲かせたいということなんです」(鈴木氏)

もう1つ別の理由として西谷氏は、日本人的な「すり合わせ」の文化も良かったのではと振り返る。

「アメリカはレーザーや半導体、電子ビーム装置など分業が進みすぎているのだと思います。半導体フォトカソードは、光と半導体、電子銃を統合した研究開発で、これらを俯瞰して壁を突破するには1人の人間が融合的な立ち位置にいないとダメだったのだ、と今になってみて分かりました」(西谷氏)

金属3Dプリンター応用もみすえて、VCから1億円を資金調達

フォトエレクトロンソウルは3月にBeyond Next Venturesからシード資金として1億円の資金調達を行っている。コアとなる特許は名古屋大学から出願していて、フォトエレクトロンソウルがライセンスを受ける形だ。

今回Beyond Next Venturesの伊藤氏に投資の背景を尋ねると、「いくつかの有望なアプリケーションに展開できるコア技術があって、すぐに市場に出せそうなアプリケーションとして次世代電子顕微鏡があった。電子顕微鏡だけでも、それなりの規模のビジネスにしたい」と狙いを話す。今回の半導体フォトカソードによる電子ビーム技術は「見る」用途だけではなく、金属3Dプリンターなど「作る」用途もあるという。

現在の金属3Dプリンターでは表面が文字通り荒削りになるので人工関節や自動車部品など現場の製造業ではそのまま使えないことが多く、後処理として別途研磨などしているという。一方、フォロエレクトロンソウルの電子ビームを用いれば、こうした後処理が不要な精度の高い加工が実現できる可能性があるという。また金属加工だけでなく、集積回路製造技術への応用もある。集積回路では電子線描画装置などによる微細加工技術が不可欠であるが、現在、ムーアの法則に応えられる微細化した集積回路の実現が技術的に限界を向かえつつある。半導体フォトカソードは、既存技術より強いビームをより小さく収束でき、さらなる微細化のポンシャルをもつという。

大学発の研究開発型ベンチャーを投資対象とした独立系VC、Beyond Next Venturesの創設についてはTechCrunch Japanでも2016年2月にお伝えした。それまで業界最大手のジャフコで投資をしてきた伊藤毅氏がジャフコに同期入社だった植波剣吾氏と2人で独立。1号目としては大きな50億円規模のファンドを組成した。

2015年2月のファンド立ち上げ以降、Beyond Next Venturesはすでに8社への投資を実行している。8社すべてを公開してはいないが、例えば投資先の事例として、「キュア・アップ」(アプリによる治療)、「AgIC」(プリンテッド・エレクトロニクス)、「オリィ研究所」(分身ロボット)、「リバーフィールド」(空気圧駆動アームによる手術支援ロボット)がある。フォトエレクトロンソウルは5社目の投資案件だそうだ。