スマートウォッチの時代は終わったのか?

次の記事

Uberが人工知能のスタートアップGeometric Intelligenceを買収し、AI Labsを設立

迫りゆくPebbleの滅亡と、「今のところ、新しいスマートウォッチを市場に送り出すに見合うだけの需要があるとは思わない」というMotorolaによる発表を理由にして、スマートウォッチ市場が収縮しているという意見を正当化することもできるだろう。この意見は正しい。だが、これはウェアラブル端末の終焉ではない。

Appleは今年、110万台のApple Watchを販売した。昨年に比べて73%少ない販売台数だ。2017年の販売台数はまだ確定していないものの、今年と同じくらいの数字となるだろう ― ホリデーシーズンの恩恵を受けて年始の販売台数が増加し、次のモデルのリリースまで徐々に減少していくというパターンだ。これはAndroid Wearデバイスでも同じことだ ― 人々は早い段階で興奮しはじめ、年末にかけてその興奮が収まってくる。

この状況を引き起こしているファクターはいくつかあるが、年間で何百万台ものスマートウォッチを販売しようとしている企業にとっては良いニュースとは言えないものばかりだ。まず第一に、スマートウォッチは内部に矛盾を含んでいる。携帯電話とは違い、時計は電子デバイスというよりはファッション・アクセサリーという要素が強い。人々からの目に付きやすく、通常は店頭できれいに飾られている。「スマート」という要素が染みこんではいるものの、端的に言えば、スマートウォッチは宝飾品の一部なのだ。そのため、スマートウォッチや他のウェアラブル端末を購入する際の理由付けと、スマートフォンやノートパソコンを購入する際の理由付けはまったく異なる。消費者がApple WatchやSamsung Gearの購入を検討するとき、彼らはそのデバイスが他のデバイスよりも優れているかということではなく、そのデバイスが自分の服装とマッチするかどうか考えるのだ。

2つ目の問題はより厄介な問題だ。携帯電話の場合とは違い、消費者は時計を頻繁に買い換えることはない。時計はあたかも家宝であるかのように扱われる。すでに時計を所持する人にスマートウォッチを購入してもらうには、従来の時計製品よりも格段に安い価格(不可能と思われるような値段)で販売するか、寿命が格段に長いプロダクトを開発するしかない。消費者の年代によって状況が異なるのはもちろんだが、これが今後数年間に渡ってスマートウォッチの販売台数を抑える要因であることは確かだ。

それゆえに、消費者はスマートウォッチを必要とせず、それを欲しいとも思っていないことが多い。そして、すでにスマートウォッチを持っていれば、それを新しいものに買い換える理由はどこにもない。Pebbleは特定のマーケットへの集中戦略で他のスマートウォッチとの差別化を図り、非常に少ない数のモデルしか製造しなかった。しかし結局、彼らはそのマーケットが小さすぎたことに気がついた。Appleはスマートウォッチを贅沢品にしようと試みて、周りから大いにばかにされた。Androidは彼らの技術を様々な企業に提供したが、その結果、それぞれが似通ったクローンのようなデバイスが大量に生まれることになる。明らかに勝利者と呼べるような企業はまだ現れていないし、そのような企業が今後10年間で誕生するとは思いがたい。

では、今後のスマートウォッチはどうなるか?

多くの人に支持されているのは、長らくファッション・ウォッチを製造してきたSwatch、Burberry、Casio、Seikoなどの企業が、彼らの豊富な経験を駆使し、消費者が本当に買いたいと思うようなスマートウォッチをつくり始めるというシナリオだ。だが、それなのに彼らがまだスマートウォッチの製造を始めていないのは、彼らの能力が絶対的に不足しているということを証明している。低価格帯の時計を製造して大きなマージンを得ることに長らくフォーカスしてきた彼らは、高価格帯の時計を薄いマージンで販売することはできないのだ。Skagenのような企業は正しい戦略を採用しているように思う。彼らは、機能は最小限ではあるがモバイルと接続可能なスマートウォッチを開発している。Fitbitなどの健康分野に特化したウェアラブル端末への対抗策だ。しかし、これも長くは続かない。今後、GoogleやAppleなどの企業がユーザーがウェアラブル端末を欲しがる本当の理由を理解し、ウェアラブルの新しい用途が生まれれば、時計メーカーは彼らの後を追うことはできるかもしれないが、それもどうかは分からない。

私は個人的に、ウェアラブル端末は消えてなくなると考えている。ユーザーとデバイスの交流の仕方が音声認識やモーション・コントロールへと移り変わるにつれて、現実世界で私たちに常に耳をかたむけ、私たちに常に付き添うようなデバイスが誕生するだろう。私たちの健康状態を把握し、重要な情報を欠かさず教えてくれるようなデバイスだ。耳の中に入れてつかうAlexaのようなデバイスがあり、そのデバイスが1日を通してアドバイスしてくれるような世界を私は想像している ― 「その先の道を左に曲がってください」、「注文したコーヒーが出来上がりました」、「あなたが今話している相手は”Joe”という名前の人物で、彼とは先週会っています」 ― 常にそばに付き添う会話型のアシスタントのようなものだ。なぜ時計ではダメなのか?時計をつける手首は私たちの感覚器官から遠い場所にあるため、この利用用途には適さないのだ。

だからといって、私は自分が持っているSeikoやOmegaやRolexを手放しはしないし、あなたにもそれを勧めてはいない。私が言いたいのは、私たちはスマートウォッチを買わなくなるということだ。

スマートウォッチは時代と時代の中間に生まれたものだ。その一方で、伝統的な時計製品はツールとして、そしてちょっとした自己顕示の道具として、これからも私たちの生活に生き続ける。Apple Watchを含むスマートウォッチが10年後に生き残っているとは思えない。小さいデバイスがより小さく、よりスマートになる今の時代では、それは特に難しいだろう。

伝統的な時計製品の世が長らく続きますように。スマートウォッチよ、さようなら。

[原文]

(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Facebook /Twitter