リクルートでAI研究所を立ち上げた石山氏が退職して取り組むのは「介護xAI」のスタートアップ

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リクルートでAI研究機関「RIT(Recruit Institute of Technology)」を立ち上げたことで知られる石山洸氏が2017年3月に退職し、ベンチャー企業のデジタルセンセーションにジョインしたことをTechCrunch Japanの取材の中で明らかにした。新たに取り組むのは認知症ケアの領域でAIを活用する、という課題だ。

デジタルセンセーションは2004年に浜松で設立された社員10人ほどの静岡大学発ベンチャー企業で、これまでは自己資本でR&Dや受託開発を中心としたビジネスを展開してきた。今回、石山氏の移籍に伴い、初めて約1億円の資金調達を実施。3年ほど前からリソースを集中させている介護メソッドにAIを適用していくという領域へのフォーカスを決め、既存のWebサイト制作やシステム開発の受託業務は畳んだという。

デジタルセンセーションが外部資本を入れるのは初めてのことで、これがシードラウンドということになる。この資金調達ラウンドをリードしたVCはD4VbetaCatalystの2社。ほかにMistletoeや個人投資家も本ラウンドに参加している。石山氏自身もデジタルセンセーションへの参画前に株を購入しているという。

オッサン2人でやるとグッと来るが介護技法「ユマニチュード」はあたたかい

石山氏は東工大の大学院生だった頃から一貫して、「AIを社会課題に適用すること」をテーマにしてきた。ただ、研究よりも実践をと社会との接点の多いリクルートに入社。「リクルートは結婚、就職、転職、引っ越しなど人生の節目節目で重要なところに関わっていて、関連する資産を持っています」(石山氏)と、AI適用のポテンシャルの大きさを指摘する。そのリクルートを離れた経緯については、「社会課題は(リクルートが関わるところ以外にも)他にももっとたくさんあります。11年勤めたリクルートではデジタルシフトも完成してAI研究所のポテンシャルも作れた」と話している。

退職してさまざまな社会課題を検討している中で「これだ」と決めたのがデジタルセンセーションでの「介護AI」という領域だ。

デジタルセンセーションが取り組むのは「ユマニチュード」と呼ばれる認知症ケアの現場で使われる方法論、もしくは技法の普及だ。40年ほど前にフランスで生まれたユマニチュードは「見る」「触れる」「話す」「立つ」の4つを軸として、約800の技法を含む体系となっているという。

具体的にユマニチュードというのはどういうものなのか?

「ちょっとやってみましょうか」

にこやかに微笑む石山氏に言われるまま、取材者であるぼくはユマニチュードで接してもらった。ぐぐっとパーソナルスペースに踏み込み、じっとこちらを見つめたまま、ゆっくりと手を握ってくる石山氏。至近距離での見つめ合いや触れ合いを含むので、正直オッサン同士ではキツイものがあるが、とても「あったかい感じ」がしたのも事実。子どもの頃の仲良し同士って、こんな感じで触れ合っていたよなと懐かしい感じがしたのだった。

どういうことかというと、認知症患者は「認知」の能力が低下しているので、通常の接し方では「介護拒否」が起こる。介護者が近づいたことを認識しないため、オムツを交換しますよといって普通に近寄っていったのでは、認知症患者はパニックになる。認知症患者にしてみれば「いきなり誰かにズボンを脱がされた!」という認識になるからだ。

こうした認識の齟齬を防ぐために、ユマニチュードでは必ず真正面から20センチ以内で相手の瞳を捉え続けて、いま介護者が何をしているのかを声でナレーションしながら動く、ということをやるそうだ。相手の身体に触れるときには、敏感すぎない背中をなでる。というように、認知能力の低下した人との「人間らしい」接し方をするための方法論が体系化されているということだ。

介護の現場では患者が驚いて拒絶するということが起こりがち。ユマニチュードを取り入れることで被介護者の「拒否」が有意に下がり、これは介護するほうの労力や心労の低減にも有効なのだという(ユマニチュードの効果を定量的に検証した研究もある)。

ユマニチュードの研修の様子(写真提供:デジタルセンセーション)

誰もが介護の当事者という時代、ユマニチュードを一般家庭に

デジタルセンセーションではユマニチュードの普及も手がけていて、日本での実技指導や研修を行っている。このとき画像解析による実技指導の自動化が可能なのではないか、というのが今回資金調達を実施して「介護xAI」という目標を掲げた理由だ。例えば、介護のリハーサル動画から被介護者との目と目の距離が遠かったという指導は分かりやすいし、驚かせないために踏むべきステップを飛ばしたかどうかなども機械的に分かるようになる可能性がある。

「今はこうした研修は病院から導入が進んでいます。認知症患者は高齢者が多く、ほかの疾病も抱えていたりします。一方、病院はバーティカルに分かれています。今後ますます外科に来た人が認知症という状況は増えます。ところが認知症患者との接し方が分からずに看護ができないという問題が起きはじめているのです」

「最終的にはユマニチュードを一般家庭に提供できるようにしたいんです。過去50年間変化のなかった日本人の年齢別人口構成は現在大きく変わりつつある。2045年以降にまた均衡しますが、そのときには誰もが介護の当事者になっていく。だから、読み書き・そろばん・ユマニチュードというくらになればと思っています」

成長戦略としては、介護以外にもアナウンサーやアパレルの接客業など対人コミュニケーションを必要とする分野への応用も考えているという。「対人コミュニケーションの中では介護がいちばん難しい」(石山氏)からだ。

デジタルセンセーションには、コンピューターサイエンスの博士号とユマニチュードの資格の両方を持つ「おむつも替えられる天才プログラマー」がいて、いまはユマニチュードによる介護の状態空間を1000個に切ってみるなんていう分析をしているそう。実は「認知症情報学会」という学会設立の動きもあるのだそうだ。