インターネットは、高速道路のように政府が所有し維持すべきなのだろうか? 「インターネットの父」[日本語版はこちら]でGoogleのインターネット・エバンジェリストVint Cerfが、急進的な提案をした。それは昨日、Personal Democracy Forumの、国の技術政策に関するパネルディスカッションでのことだった。彼は私の横に座っていた。彼はもうひとりのパネリスト、ブラジル文化省のClaudio Pradoの存在にインスパイアされたのだろう。Prado氏はインターネットの「peeracy」を受け入れることの重要性についてずっと話していた。(とはいえ、Cerf氏はその浅はかな造語に眉をひそめていた、ということを書いておかなければならない)。しかし、本当のところCerf氏は、インターネットが今よりもより公共のリソースとして扱われるべきかどうかという論争に火をつけようとしていたと私は考えている(というか、希望を持っている)。
Cerf氏のコメントは、自分たちのパイプを通ることができるビットの量とタイプをコントロールする方向に向かっているケーブルテレビ会社と電話会社による、ネットの中立性に対する脅威についてのより大きなディスカッションの中で出たものだった。それは話のついでに出たようなものだったから、ディスカッションはすぐに他のトピックに移ってしまった。
たぶん、私は彼のいったことがちゃんと理解できなかったのだ(メモを取っていなかったから)。明らかに彼はこの問題について会場にいた誰よりも詳しい。それでも、インターネットの国営化というアイデアはいただけない。(こんなことをいわなければならないなんて信じられない)。それは恐ろしい前例となり、米国経済の自信を弱体化させる。成功は難しいだろう。
インターネットサービスの競争を今日の状態より抑えることなく、そんなスキームがうまくいく具体的な方法に関して、私はCerf氏に聞いてみようとした。政府は実際のサービス運用を競争的な入札にかけたらどうだろう、と彼は提案した。それでもひどいアイデアだ。
インターネットは基本的に、データがそれぞれを通過する方法についてさまざまなネットワークのオーナーが交わす一連の取り決めだ。具体的にどの資産が国有化されるのかは明らかではない。例えば、AT&Tの基幹ファイバーネットワークは、インターネットトラフィックを運ぶこともあれば、電話音声トラフィックを運ぶこともある。だから、もしデータパイプを全て押さえるとしたら、政府は電話産業も国有化するだろう。
インターネット国有化は間違った解決法だが、それが提起する問題はとてもリアルだ。インターネット利用法の基本原則は明確にされなければならない。そして、それこそがCerf氏がもっといわんとしていたことなのだ。しかし、米国企業が従うべき基本原則を作るために、インターネットを構成する潜在的な資産を政府が所有する必要はない。それが法律だ。
政府が実際にできる有益な方法について、私には考えがある。それについては、また今度書こうと思う。
[原文へ]
(翻訳:Megumi H.)
