昨年われわれは、Twitterを小説の配布方法として使うアイディアを紹介する記事を書いた。140人が書いた140のTwitterメッセージからなるTwittoriesというクラウドソースによる連載物語について書いたときのことだ。
今度は、個人でTwitterを従来の小説に代わるものとして使うことを模索している作家がでてきたようだ。フリーライターでプロの作家であるNikki Katzが、自著MyLifeIn140の公開をスタートした。「卒業アルバムの写真を編集するだけで自分のまわりの世界を変えることのできる16歳の架空の少女」の物語だ。
物語は、頻繁に更新されるTwitterのつぶやきで構成され、主人公の思いやそこにまつわる出来事が語られる。ストーリーは数日前に始まったばかりで、つぶやきのほとんどが性格形成に関わるもので、どこの不安なティーンエージャーでも書きそうなことだが、こうして物語の種がまかれていく。

正直なところ私はMyLifeIn140をフォローしようとは少しも思わない。特にこんなつぶやきなどは。「Calebの写真のページのレイアウトをしているところ。気が遠くなりそう。なんてセクシー。白いシャツで日に焼けた肌が引き立てられ緑の瞳が輝いている。そしてあの髪も・・・」
しかし私は対象の読者ではない。MyLifeIn140と同じような物語がいくつも高校から出てくるだろうと予想している。フィクションビデオのLonelyGirl15シリーズが多数のファンを獲得して、スピンオフまでいくつか作られたときと同じようなバイラル性を感じる。そして、定期的に更新されるテキスト小説は海の向こうでは非常に好評で、ベストセラー作品の多くが携帯電話で書かれている。
とは言え、Twitterは人を熱中させる小説を書くには制約が多すぎる。登場人物を理解したり感じたりするには、本人が気持ちを表現するところを見る方がはるかに楽だ。そして、Twitter小説を書き始めるための障壁が非常に低いために、山ほどの類似品が作られて、この形式自体が見捨てられることになりかねない。
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(翻訳:Nob Takahashi)





