
昨日(米国時間10/12)ブッシュ大統領は「Pro-IP Act」の法制化を承認した。これは消費者の行動をさらに厳罰化し、新たに「著作権取締担当長官」を任命して新法の執行を促するものだ。同法は、著作権侵害問題による罰則を3倍に強化し、企業の著作権を侵害するために使用された物件を、政府が差し押えることが可能になる(ノートパソコンをしっかり持て)。さらに、楽曲、動画等の盗まれたコンテンツ1件ごとに個別の犯罪が成立する【訂正】:この最後の条項は幸い法案から削除された。この法案はあまりに法外であるため、司法省すらも反対した。
これは、何も変えたがらない反動主義者たちが、著作権戦争においてまたも手にした勝利として心に留めておくべきだ。彼らは、デジタル以前の時代に作られた著作権法を、再考するのではなく強化するべきだと思っている。Lawrence Lessigが、この危機について昨日のWall Street Journalの論説欄に書いている。
われわれはちょっとした戦いの真っただ中にいる。「著作権戦争」と呼ぶ人もいる。故Jack Valentiが「テロリスト戦争」と言ったときの「テロリスト」とは子どもたちのことだったらしい。ピアツーピアファイル共有が、「著作権戦争」における敵だ。コンピューターを使って何かを「盗んでいる」子どもたちがターゲットだ。この戦争は新しい形の創造性のためでも、芸術家が新たなアートを生むためのものでもない。
しかも、どんな戦争にも巻き添え被害がある。この戦いの巻き添えになるのはクリエーターたちだ。著作権法の規制が行き過ぎると、どこの自由社会においても(少し考えれば)許されるような幅広い創造性も、合法的に存在することは困難になり、ときには不可能にさえなる。
著作権戦争は、ウェブ上に出現する新しいかたちの創造性や言論の自由に脅威を与えるものだ。Pro-IP Actのような法案に足りないのは、言論の自由に対する均衡のとれた保護や、公正使用の明確な定義だ。生後13か月の赤ん坊がプリンスの「Let’s Go Crazy」に合わせてダンスするビデオマッシュアップは、公正使用であるべきだが、YouTubeはまさにそのとおりのビデオを削除するよう要求され、それに応じている。誰だって法廷に行ったり3倍賠償金を払ったりしたくないからだ。新法の下では、この手のビデオを1回見るごとに個別の罪に問われるのだろうか。
ジョン・マケインやバラク・オバマが、企業ロビィストのひも付きでないことを本気で示したければ、著作権法を21世紀へと導くために何ができるかを説明すべきだ。
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(翻訳:Nob Takahashi)




