周知のように、ここ数年、印刷メディアの世界は崩壊しつつある。印刷メディアの優等生といえば、もちろんNew York Timesだった。そのNYTを最近立て続けに襲った試練については広く報じられている。2008年初めに、Marc AndreessenはNew York Timesの臨終を看取ると書いた。事実、その後のNYTの経営状況は悪化の一途をたどった。
もし仮に、NYTのトップ10%の記者が新しい会社を作ったらどうなるだろう? 私はその可能性を長らく考えてきた。そんなことが起きるわけがない? そういわず、しばしこの可能性の検討につきあっていただきたい。
現在、NYTの株価時価総額は$1B(10億ドル)程度だ。5年前にはその5倍だった。今の株価水準は1980年代初めのものだ。
もちろん私はNYTが近い将来、閉鎖されるとは思っていない。年間売上は依然$3B(30億ドル)もあり、これは2005年から10%ダウンしただけだ。しかし9300人もの社員を抱えて、膨大な運営経費がかかる体質のままで利益を出すのは困難になる一方だ。ジャーナリズムの名門「灰色の貴婦人」にも年齢からくる衰えが隠せなくなっている。
ジャーナリズムは死なず―死ぬのは古いジャーナリズムだけだ
2週間ほど前、私がCharlie Roseショーでインタビューを録画したときに、やはり録画に来ていた政治ブログのPoliticoの連中と出会った。私はそのインタビューをスタジオでライブで見た。Politicoについては、Michael Wolffの書いたVanity Fairのすぐれた記事も読んだ。Politicoの記者は100人前後で、ホワイトハウス担当スタッフの数はどの大手メディアよりも多い。トラフィックはTechCrunchとだいたい同じくらい―月間ユニーク訪問者700万―だ。しかし歴史はわれわれの半分に過ぎない。どうやってそれほどの急成長ができたのだろう?