今日(米国時間11/26)はアメリカでは感謝祭(サンクスギビングデー)だ。われわれは毎年この日には大切なものに感謝を捧げる慣わしになっている。私にとって大切なもののひとつがSteve Jobsであることに気付いた。彼が1997年にAppleに復帰して以来なし遂げてきたことに私はこのうえなく感謝している。しかしジョブズが20年前に創立した会社へ帰還できた裏には非常にきわどい事情があった。実のところ、たいへんな幸運と偶然がなければ復帰は不可能だったろう。
1996年の12月も押し詰まった頃だった。私はシリコンバレー最大の法律事務所、Wilson Sonsini Goodrich & Rosatiに勤務する若い弁護士だった。私はがむしゃらに働き、幸運にもIT関係の企業法務を処理する小さなグループに加わることができた。このグループはNetscapeの公開資金調達と買収、Pixar’sとDisney、NeXTSoftwareとの提携など当時もっとも話題になったいくつかの案件を担当した。当時Steve JobsはPixarとNeXTを経営していた。Jobsは弁護士が必要になると私のボス―正確にいえば、私のボスのボス―Larry Sonsiniに電話をかけてきた。
その12月のある日、 Larryに電話がかかってきた。SteveはNeXT SoftwareをAppleに売ろうとしていた。JobsはAppleの取締役会でプレゼンし、例の「現実歪曲フィールド」が取締役たちを虜にした。Appleはすぐに$400M(4億ドル)をNeXTに支払い、Steveは顧問としてAppleに復帰を果たした。そしてしばらくしてCEOに就任し、10年以上にわたる独創的なヒット製品群が生まれることになった。これらの製品はコンピュータ業界だけでなく、音楽、テレビ、映画、そしてテレコム業界にも甚大な影響を与えてきた。
Nextの買収の件では、Wilson Sosiniのわれわれのグループは6日間昼夜ぶっ通しで働いた。オフィスに籠りっきりで、疲れ切るとデスクの下で仮眠した。作業が終わるとパートナーの一人が私を連れてSteveの自宅へ最後の署名をもらいに行った。私はSteveに会って、口ごもりながら自分の最初のコンピュータがAppleII+だったことを話した。数日後Steveは簡単な用件で私の電話にボイスメールを残した。私はその録音をWilson Sonsiniを辞めるときまで何年も大切にとっておいた。私にとってもっとも記憶に残る若き日の思い出の一つである。