最近私はあることに気付いた。誰かが私にメールをよこしても私がそれに答える可能性はきわめて低い。しかしもしTwitterでメッセージを送られたら、答える可能性はずっと高くなる。もちろん今のところ、メールよりTwitterの方が受け取るメッセージの数が少ないということがその理由の一つだ。しかしDM〔直接送られるメッセージ〕に@replies〔@の後にユーザー名を指定したメッセージ〕も加えればTwitterメッセージの数はすでにかなりメールに近づいている。メッセージの数よりも大きな要因はメッセージの簡潔さだ。
メールを開くと、大量の情報を含んだパラグラフが延々つながっていることがよくある。もちろん、それが重要な情報である場合もある。しかしたいていの場合、本当に重要なことはわずかで、あとは大量の水増しだ。私は水増しをいちいち読みたくない。私は核心だけを知りたい。それがTwitterを気に入っている理由だ。Twitterでは140文字を超えることができない。実は最初に予想するのとは違って、140文字で十分用が足りる場合が非常に多いのだ。
Twitterの140文字の制限が実はテキスト・メッセージの制限から来ていることは広く知られている。テキスト・メッセージで扱えるのは160文字までだ(Twitterは20文字をユーザー名のために必要としている)。しかしではテキスト・メッセージの160文字の制限はどこから来たかご存知だろうか?
数か月前、LA Timesが面白い記事を掲載した。 現代のテキスト・メッセージの生みの親ともいうべきFriedhelm Hillebrandの話だ。彼は90年代の半ばに、まとまった意味を伝えるのにどのくらいの文字数が必要かをタイプライターを使って実験しているうちに160文字という数字がいわばマジック・ナンバーとして繰り返し現れることを発見した。当初、当時のSMS規格委員会は納得しなかった。しかしその後の調査で、葉書に書かれた文章のほとんどが150文字以下だという事実を発見するに及んで、160文字という上限を採用したという。
おわかりだろうか? Twitterの文字数制限を短すぎるとか恣意的だとか思うユーザーは多いだろうが、実はこの制限は、以前から世界できわめて広く利用されている2つのコミュニケーション手段から引き継がれたものなのだ。Twitterから葉書を連想するのは難しい―が、多くの友達や知り合いに即座に、手軽に情報を伝えることができるという点でTwitteは葉書のようなものだともいえる。もちろん郵便代がかからないという利点もある。
テクノロジーが進歩しても短いメッセージの必要性は無くならない。私が2年前にTwitterを気に入って、使い始めたそもそもの理由がこの簡潔さだった。私は140文字という制限を欠点と考えたことは一度もない。むしろメッセージを創造的なものにし、コミュニケーションを豊かにする要因と考えている。
誰かに返事する場合、Twitterならどんなに長くても140文字しか書かないですむ。普通のメールでは、多くの場合、140文字で返信したら相手に無礼だと思われてしまう。そのために儀礼的な文句を書き連ねるという重荷をしょいこむことになる。Twitterならもともと140文字が上限だから、無礼と思われる危険性なく簡潔に要点だけを書くことができる。
そこで最近私はいろいろな相手に「用件はTwitterで書いてくれ」と頼むようになっている。これはお互いにメリットがある。私は長々と相手のメールを読まずにすむし、相手も私のメールを長々と読まずにすむ。ほとんどの用は1行ですむのだ。もちろんすべてが1行ですむわけではない。Twitterがあるからといってメールが要らなくなるわけではない。しかしTwitterでカバーできる範囲は非常に広い。
文字数も時間も大幅に節約になる。140文字というのはすばらしい制限だ。
[写真: flickr/pink sherbert photography & inlaterdays]
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(翻訳:Namekawa, U)





こんにちは。いつも楽しく記事を拝見しております。今回の記事では、特に後半部分のTwitterの”140字”の由来についての部分が、とても興味深かったです。
ところで、TechCrunchでは、昨今様々なサイトで用いられている「この記事をTwitterでつぶやく」ボタンを追加しないのでしょうか?
PS:この記事の内容で言うと、コメント最初の部分は「大量の水増し」になってしまいますね。