
今朝(米国時間8/6)は、SupernovaのHoward Greensteinが司会するBlogtalk Radioのポッドキャストで、評論家のAndrew KeenとリアルタイムWebについて議論した。
Andrewは、Twitterのようなリアルタイムストリームはすごいと思うが、ふつうの人にはまだあまり役に立たないと考えている。彼は、リアルタイムWebが従来型のメディアや人びとから信頼されているWebサイトに取って代わることはない、という古い決まり文句を持ち出した。ぼくは、それは本質を理解していないと反論した。ストリーミングというものは、TwitterからでもFacebookからでもどこからのものでも、人の注意をある方向に振り向ける乗り物にすぎない。そのために、ショートリンクと、今現に起きていることに関するコメントを利用する。それらのショートリンクが指すものは、ふつうのWebサイトやニュース記事でもよいし、あるいは今急に役に立つことになった何年も前ドキュメントでもいい。だから、かなり前に起きたイベントでもリアルタイムストリームに持ち込める。記憶の底から過去の経験を取り出して、よみがえらせるようなものだ。
議論はだんだん哲学的になってきて、Keenは意識と記憶)の違いを説明しろと迫った。でも幸いなことに、betaworksの投資家John Borthwickと、最近GoogleからBTに移籍したKevin Marksが話に加わったので、Keenの難しい質問を忘れることができた。
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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))




