
Google Waveの招待状、もうもらった? いや冗談々々。まだ誰ももらってないからね。Google Australiaの連中は、招待ユーザの決定を今日(米国時間9/30)の午後に延期したんだ。たぶん申し込みが多すぎて処理しきれないんだろう。それにWeb上の反応を見ると、“多すぎる”という言葉はこのサービスに対する期待の大きさも表しているようだ。
5月のGoogle I/Oで発表されて以来、Waveへの関心はWeb全体に蔓延した。そして昨日、デベロッパだけでなく一般ユーザも含む初めての本格的な展開が発表されたときには、関心がさらに盛り上がったようだ。それ以降、Waveという言葉はTwitterのTrend Topicsにずっと出ずっぱりだ。でも、大騒ぎには必ず引き潮があるから、数日後か数週間後にはGoogle Waveにも必ず反動が訪れるだろう。
5月の発表の直後にも、反動らしきものがあった。そのときの体験デモに興奮したぼくは、Waveは”野心満々だ“などと書いたが、でも、そのときでさえ、否定的な見方をする報道や一般大衆の声は少なくなかった。公開デモに対する反応は、“すごい”から“こんなの要らない”まで様々だった。しかしGoogle Waveの本当の試練は、多くのユーザが初めてそれを試用する今日の午後にやってくる。
本誌はGoogle I/OのときからWaveを使っているが、そのころ多かったバグも今日の公開試用バージョンではほとんどなくなっているだろう。しかしそれでもなお、実際に使ってみてがっかりする人は多いだろう。Waveにとっては、難しい状況だ。最初からWaveのチームは、WaveはWeb上の究極のコミュニケーションプラットホームだと豪語している。プラットホームという言葉には、今後Waveをバックボーンとして使うサービスが続々登場してほしいという彼らの期待も込められている。でもそれは、まだ先の話だ。今日みんなが使うGoogle Waveというサービスは、今やっと人生の門出に立つ初々しい若者だ。
Google Waveの野心は、実は両刃の剣だ。大量の機能や要素を盛り込んでいるので、どこから手をつけて/理解してよいのか、途方に暮れてしまう人が多いだろう。それも、ある意味当然だが、でも今から失敗作と決めつける人は、単なる意地悪じいさん/ばあさんか、または知ったかぶりの近視眼男/女だ。収益化の道がはっきりしている、無駄のないそぎ落とされた/引き締まった製品でないとだめ、という説も理解できるが、Webが、いや世界が、そんなものだらけだったら退屈で死んでしまう。

Waveの場合のGoogleのやり方、つまり相当な初期段階から世に問うという姿勢は、デベロッパやユーザの反応を見たいからだ。その点では、Twitterも同じだ。最初のころのTwitterは、ステータスのアップデートを提供する単純でおまけ的なプロジェクトだった。ユーザやサードパーティのデベロッパたちがそのまわりにコミュニティを作り始めてから、相当違うものへと変身していったのだ。
WaveはTwitterより相当複雑で、そのことが欠点かもしれない(なにごとも単純に(KISSの法則)という教えもある)が、Googleは優秀な人材が揃っているから、野心が混乱に帰結することはないだろう。高望み(Shooting for the Moon)はいいことだ。そしてWaveは、最近のGoogleとしては珍しいほどの、でっかい高望みだと言える。
Waveは、成功確実というわけでもない。野心的なプロジェクトは頻繁に頓挫する。高リスク/高報酬の試みには、それがつきものだ。でも、Waveについてとやかく言うのはまだ早すぎる。反動はすでにあるが、チャンスを与えてやるべきだ。その最終結果はわれわれ全員の大きな利益であるはずだが、そこまでの道は…そんな道があるとしても…まだまだ遠い。
[映画“ゼア・ウィル・ビー・ブラッド”の画像提供: Paramount Vantage]
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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))
