
私の前回の投稿をきっかけにブロゴスフィアでは、果たして起業家は生まれつきなのか、育てられるものなのかという興味深い議論が戦わされている。これは黒か白かという話ではない。人間は養育、教育のたまものだ。平均的な人間でも、本気で取り組めば並外れた成果を出せる。たしかに優れたアスリートや優れた起業家の中には、特別な強みとなる何かを持って生まれた人もいることは、認めざるを得ない(これは現在私が研究しているテーマである)。しかし、起業家として成功するために、誰もがビル・ゲーツやMark Zuckerberg(Facebookのファウンダー)のような富を築く必要はない。生活に困らない程度の収入を上げるか、世界に貢献するようなライフスタイルビジネスを作ることができれば、起業家として成功したと言ってよい(しかも、多くのビリオネアよりも幸せで尊敬される人になれる)。IPO(株式上場)だけが起業ではない。
私は確固たる信念を持っている ―― 優れたテクノロジー企業を2社立ち上げ、数年にわたり200人ほどの起業家に助言を与えてきた経験、および起業家の経歴と動機付けに関する学術研究からわかったこと――それは、起業家が作られるものだということ。起業家精神に満ちた家庭に生まれた人たちには、ビジネスの浮き沈みを知っているという利点があるだろうし、全く同一条件であれば、そうした家庭で育った人たちの方が、他の人たちよりも起業家になる可能性が高いであろうことも確かだ。しかし、事業を立ち上げ、経営し、成長させるのに必要なスキルは、学習することが可能であり、この教育によって公平な戦いができるのである。起業家を性別や年齢、人種、家族歴などで判断しているVC(ベンチャーキャピタル)は、パートナー機会を狭め重大な損失を社会に与えている。
前回の記事に対する一つの批判が元で、私は深く内省した。「問題:ビルゲーツの父親は起業家だったか」。私はゲーツを起業家的家庭の出身でない例の一つとして取り上げた。Jason Calacanisをはじめとする数多くの読者から、ゲーツの父親は法律事務所のパートナーの一人として起業家であったので、私の主張は誤っていると指摘した。
この問題に関しては以前にも記事に書いて、議論を戦わせたことがある。基本的な疑問は、事業を立ち上げた人なら、法律事務所であれ、コンピューターコンタルタントであれ、クリーニング店であれ、起業家なのかということだ。経営学の師ピーター・ドラッカーなら、絶対ノーと答えるだろう。「新しい小企業がすべて起業家的であるわけでも起業家精神の代表例であるわけでもない。革新するのが起業家である。革新は、起業家精神に特化した道具である。」ドラッカーは、はっきりと言っている。
これを何人かの友人に話したところ、激しく反論された。移民法専門法律事務所を開業したMurali Bashyamは、自分をビル・ゲーツやその父親と同じ起業家であると言い張った。Muraliはこう言って私を脅した、「もし君が私を起業家でないというのなら、会社の育て経営する日々のストレスや、それに伴う経済的リスク等、ゼロから何かを生みだすのに必要な苦しみのすべてに価値がないことになる。今から事務所を畳んで、5時に帰れる安定高給を得られるどこかで働く方がましだ」。
ミス・ネブラスカ2001のSue Drakefordも、制作会社を立ちあげ、自らコンテンストを開いて彼女と同じアフリカ系アメリカ人たちが、実社会で戦えるよう自信とスキルを身につけるのを手助けしようとしている。目標は、彼女が言うところの「冷酷非常なモデルと美人コンテスト」に代わる健全なものを提供することだった。しかし、Sueは銀行にフルタイムで勤務しており、これをサイドビジネスとしてやっている。彼女は起業家だろうか。Sueは自分を起業家であると断言した。
何週間かの苦悩の後、私はKauffman Foundationに友人らを訪ね、彼らの書いた『Good Capitalism, Bad Capitalism』[PDF]という本を紹介された。Carl SchrammとBob Litanは、リスクを負う人は誰もが起業家であるが、起業家には2種類あると書いている。「複製起業家」―― 大半の小企業(レストランやドライクリーニング家等)がこれにあてはまる。そして「革新起業家」―― 新しい製品やサービスを市場に送り出す、あるいは新しい生産手段を編み出す(Walmart、eBay、Dell等)。
Kauffmanの定義によれば、Sueは「革新起業家」に該当する。新しいサービスを開発し新しい方法を開択しているからだ。対照的に、Muraliは「複製起業家」だろう。なぜなら基本的に時間で料金を徴収する分野で、標準化されたサービスを提供しているからだ。いずれMuraliは、巨大な法律事務所を経営して巨万の富を得るかもしれないが、それは彼のヒジネスモデルとって特別革新的なことではない。
つまりビル・ゲーツ・シニアは「複製起業家」で、ゲーツ・ジュニアは「革新起業家」だったことになる。シリコンバレーで「起業家」と呼ぶのは後者である。TechCrunchのファウンダー、Michael Arringtonはかつて法律事務所のWilson Sonsini Goodrich & Rosatiの弁護士だったが、彼は「革新的起業家」の一人といえるだろう。新しい製品(ブログサイト)を作り出し、ニューメディア界のパイオニアとなったからだ。
Aringtonがやったように、「複製的」な分野に革新を持ち込むことは可能だ。 SunRunの例を見てみよう。この会社は太陽電池の設置を行っている。誰にでもできるありふれた「複製的」事業である。しかし、CEOのEdward Fensterは新しいビジネスモデルを作り出した。顧客の家に無料または無料同然の初期費用で太陽電池を設置し、使った電気代だけを徴収するというものだ。SunRunはシステムの保証、保守、修理、監視も行い、システムのエネルギー生成に関して返金保証している。この結果、大量の家庭に手頃な価格で太陽熱発電を提供することが可能となり、同社は住宅用太陽熱発電で米国最大の企業となった。現在5つの州で運営しており、年率400%以上で成長している。
もう一つ、複製的業界で革新を起こした起業家のすばらしい例に、Nand Kishore Chaudharyがいる。彼はインドの砂漠地域ラジャスサン州で、平凡なじゅうたん織りと物流の世界に、オートメーション、サプライチェーン経営、専門的ビジネス等の手法を導入した。最新の生産方法とERP技術を採用することによって、小さな家内工業だった彼の会社Jaipur Rugsを世界的な製造流通企業へと成長させ、2008年には4万人の従業員を雇用し、$21M(2100万ドル)の収益を上げた。これは、未だに雨水と同じくらいパソコンが貴重な地域の出来事である。
この話の教訓は何だろう。自分の先入観や固定概念を守ろうとして、起業家になったり起業家的成功を収めるためには生まれつきや特別なDNAが必要である、などと言う否定論者に耳を貸さないことだ。もちろん自分が平凡で複製可能な業界にいるからといって落胆することはない。起業家として成功するためのスキルは学習できるし、革新は起こせるものなのだから。
【編集部より:ゲストライターのVivek Wadhwaは起業家出身の学者である。現在UCバークレー客員教授、ハーバード法科大学院上級研究員、およびデューク大学起業・研究商用化センター研究担当ディレクターを務める。Twitterでは@vwadhwaでフォローできる。】
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(翻訳:Nob Takahashi)
