スタートアップの中心に倫理感を盛り込む:その理由と方法
by Vivek Wadhwa on 2010年3月22日

1980年にアメリカに来た時、私は若くて世間知らずだった。それまで私は政治の腐敗や倫理の退廃などというものは第3国だけの問題だと思っていた。その後ハイテク企業のCEOになった私は、アメリカ流ビジネスの厳しい現実を知ることになる。そう、基準はずっと高く、違反は罰せられるものの、その誘惑は他のどこの国とも変わらない。倫理の退廃(腐敗の一形態である)は実に頻繁に起きている。そんなニュースはテレビでよく見るし、TechCrunchで読むこともある。われわれの経済を崩壊させたのは、この国の金融機関における倫理の退廃であり、結局われわれがその代償を払わされているのだ。

誘惑に気を付けて、退廃が起きるのを防ぐことが重要である。 エンロン、バーニー・マドフ、そしてリーマン・ブラザーズを見ればわかる通り、そこは滑りやすい坂道である。目先の利益に走って失った信用を取り戻すことはできない。商業倫理とは、会社が一定の規模に達してから心配し始めればよいというものではない。スタートアップを起こしたその時から体に染みついている必要がある。この教訓はハイテク企業にとっても、投資銀行や第三世界の経済にとっても同じだ。

ハーバード・ビジネス・スクールのMichael Beer教授は、長期にわたって高水準を維持している会社と、一定規模になると崩壊する会社との違いを研究した。最近の金融メルトダウンにおけるあの華々しい失敗を分析した結果、同教授は以下の結論を得た。

・最初のForbes 100社(1917年選出)のうち、61社が1987年までに消滅した。残る39社のうち、トップ100を維持したのはわずか18社であり、1917~1987期間におけるその18社の利益は、市場全体より20%低かった。

・1957年の最初のスタンダード&プアーズ500銘柄インデックスのうち、1997年に残っていたのはわずか74社であり、1957~1998年に同インデックスを上回ったのは12社のみだった。

・米国におけるCEOの平均在職期間は4.2年であり、これは1990年の10.5年の半分以下である。

Beerは、2008年秋にあれだけ大量のウォール街企業が失敗した理由の核心を次のように断定する。企業が高い目標に欠けていたこと(換言すれば、目先の利益やボーナスに走ったこと)、明確な戦略に欠けていたこと、そしてリスク管理を誤ったことである。Charles SchwabやUS Bancorpといった会社が被害を免れたのは、顧客サービスに対するレーザー並みの集中と誠実と透明性によるものである。いずれの会社もサブプライムローン証券化市場に手を出していないが、それはリスキーであることに加え、企業に長期的利益を供する事業ではないことを見抜いていたからだ。

ウォール街の外を見ても、Cisco Systems、Southwest Airlines、Costco Wholesaleなど高い目標を強く意識さつある企業は、優れた業績をあげている。Costcoを見てみよう。ウォール街のアナリストたちは、Costcoが高い給与を払うことで従業員を長期間雇っていることを、長年厳しく非難してきた。しかし同社のCEO Jim Sinegalは、良い従業員を持ち続けることがCostcoの長期的成功と成長のための正しい戦略である、という信念を貫いた。同社の従業員一名当たりの売上は、主要ライバルのTargetやWal-Martと比べて目に見えて多い。店舗における顧客サービスは驚異的かつ速い。そしてCostcoは、店舗数においても企業や消費者向けの製品やサービスにおいても、成長を続けている。この会社の文化は、Sinegalと彼の従業員中心の考え方から来るものであり、ひいてはそれが顧客に届いていく。

崩壊したBeerが見つけた問題の一つは、従業員に「権力者に真実を語る」力がないことにある。従業員は上司におびえている。組織内部の良心と目標の声は、目先の利益を求める暴走とそのために企てられた陰謀によってかき消されてしまう。戦略やリスク管理に異を唱える従業員を黙らせることは、銀行の道徳的権威をむしばみ、すでに悪事に傾いていた連中をつけあがらせる。内からの声を封じることによって、会社は道徳の指針を失った。その結果、恐ろしいスピードで崖から落ちていったのである。

同じことがシリコンバレーの企業にも起きている。私は、経営の第一人者でYale School of ManagementのCEO Institute の長を務めるJeff Sonnenfeldに、どうすればスタートアップがCiscoやCostocoのようになる種をまくことができるのか助言を請うた。以下がJeffからのアドバイスだ。

1)オープンな文化を作って反対意見を歓迎せよ
内部からの建設的批判は最大の友だ。ファウンダーが自身の創造的ビジョンに熱狂するあまり盲目的になり、ごますりやへつらいに囲まれてしまうことが何と多いことか。実態を把握できなくなったファウンダーはー急速に倫理のたがが外れる。Intelではファウンダー、Robert NoyceとGordon Mooreの二人が後継者たる同僚として、ごますりの信奉者ではなく、聡明でけんか好きだがひたすら誠実なAndy Groveを選んだ。同じようにCraig BarrettとPaul Otelliniiは、視点の違いに関して内部で争い続けたが会社を損うことはなく、常にIntelの自己批判的な道徳感を強固にしていった。

2)自ら手本を示せ
リーダーの人格の信憑性は不可欠である。同僚に信じてもらえなければ、例えば部下を一人前になるよう指導するなど、あなたのために必要なリスクを冒してはくれない。スタートアップは、ベンチャーキャピタル会社や愛情を込めた報道や人材コンサルタントによる耳触りの良い決まり文句で説明されることが多いが ― スタートアップは説教されたことを実践するわけではない。

3)身近な仲間と遠くのモデルにならえ
ファウンダーは、自分のビジネスや技術での使命が独創性であることから、リーダーシップにおいても自分に独創的価値があると思い込んでしまうことが多すぎる。Steve Jobsは自身のお手本にポラロイドのファウンダー、Ed Landを選んだ ― そしてLandの強みと弱みを学びとろうとした。ヘンリー・フォードは不覚にも「歴史はほら話である」と言ったことがあるが、実はトーマス・エジソンを崇拝していた。Michel Dellは、伝説のハイテク起業家(Teledyne)で教育者でもあるGeorge Kozmetskyを当初から役員に招き、この頭脳明晰な70歳代から学んだ。

4)リーダーとしての陥いりやすさを認識し、自身の限界を知り、不死神話に気を付けろ。
しばしば起業家は、リーダーシップの継承のことを考えて恐怖を感じる。Google、Cisco、Amgen、Microsoft等、偉大な企業のファウンダーたちは、いつか自分が日常的な孤高の社内ボスや主要な対外大使や文化的象徴ではいられなくなる日が来ることを知っていた。元祖(スターバックス以前の)コーヒー店チェーン、Chock-Full-o-Nutsのファウンダーは、1923年にブロードウェイ43番街に最初の店を出し、全国的な成功をおさめた。悲しいかな、60年後、ボストンのマサシューセッツ総合病院で2年間の病床生活の後に死を迎えたこの人物は、最後まで大企業のリーダーの職にしがみつき、専従医師に社長代理をやらせていた。

5)制度的特徴は ― 手のひらにたたえた水のように ― 脆く、失いやすく、再び手にすることは不可能でなくても困難であることを忘れてはならない。
病的に自己中心的な行動や身勝手な脚色、強欲、偽り、これらはいずれも容易に消すことのできない印象を生み出す。Whole Foodsのファウンダー、John Mackeyは自慢のブランドの品位を守ることを怠ったために、社内の誇りも顧客からの称賛をも失った。それは、どんなライバルによるもの以上にひどいダメージであったが、原因は自己膨張的で誤解を招く彼の「匿名」ブログであり、自身のアイデンティティーを隠し、妻の名前を並べ替えた「rehodab」という名前を使っていた。

もう一つ私から、非常に重要なポイントを加えようと思う。独立した取締役会を設置せよ。
ベンチャーキャピタルが出資の条件として取締役会の席の過半数を要求することがよくある。当然のごとく対立が起きる。取締役会には、会社自体ではなく、VCと経営陣の要求を満たす必要が生じ、その結果、間違ったことをしないよう警告する独立した声が失われる。不都合な真実、それは役員全員が信託に基づいて会社の利益のために行動する義務があり、自身の利益のためではないことだ。役員は自分やパートナーが利益を得るような取引に関わってはならない。これは利害の衝突を避けるために法律で決められている。

最後に、ビジネスの世界では、岐路に立つたびに厳しい選択を迫られる。ビジネス的決断には、明確な結果と結末があるのがふつうなのに対して、道徳的決断はいつも難しい。正しい選択が成功を招くとは限らないが、道徳的つまずきは、まず間違いなく失敗に繋がる。成り行きがどうあれ、道徳的で正しい行いをすることは、常により良い長期戦略である。

編集部より:ゲストライターのVivek Wadhwaは起業家出身の学者である。現在UCバークレー客員教授、ハーバード法科大学院上級研究員、およびデューク大学起業・研究商用化センター研究担当ディレクターを務める。Twitterでは@vwadhwaでフォローできる。】

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(翻訳:Nob Takahashi)

  • kokepi

    John Mackeyのくだり、スペルは”Rahodeb”だったようです。