Jimmy Wales、「コラムニストを首にしろ」とバカ気た発言(注意:本記事の中立性は保証の限りにあらず)
by Paul Carr on 2010年3月22日

〔日本版注:原文の冒頭と中間の一部を省略〕

Jimmy Walesがとんでもない発言をしている。

今週Guardian紙が主催したChanging Media Summitで「新聞の未来」について尋ねられたWikipediaのファウンダーは次のようなコメントをした。

新聞社が特定の見解を述べる有力コラムニストに大金を払う価値はもうないのではないか。優秀な政治ブロガーはNew York Timesのコラムニストに十分匹敵する。

〔略〕

気の毒な新聞経営者諸氏のために、以下、なぜJimmy Walesの新聞経営法を真面目に聞く必要がないか、その理由をご説明しよう。

まず第一に、Walesは何をやって食っているのか(正確に言えば、何で食っていないのか)を考える必要がある。彼は新聞を所有したことがない。経営したこともないし、編集したこともない。ジャーナリストを雇ったことも一度もなく、広告を掲載して収入を得たこともない。記事を有料で販売した経験も全くない。Wikipediaの記事はすべてボランティアが無料で投稿してくれたものだ。そうした背景を考えれば、新聞経営における有力コラムニストの価値に関してWalesが無理解なのもうなずける―しかし、当のWikipediaがWalesというパーソナリティーを非常に目立つ形で利用してユーザーに寄付を募っているのはどういうことなのか?

Wikipediaが定例の寄付キャンペーンを始めると、ページの上部に派手なバナーでJimmy Walesからのメッセージが掲載される。そのバナーはWales個人からユーザーへの支援の呼びかけのページにリンクされている。Jimboの署名とポートレート写真入りだ。そもそもJimmy Walesは百科事典の歴史の中で初めて自分をシンボル的キャラクターに仕立て上げた人物だ。その理由ははっきりしている。ユーザーは時間が経つと見慣れたキャラクターに親愛の情を抱くようになり、それがブランド価値を高めるからだ。そういうことをしながら、新聞ではスター・キャラクターの価値を否定するというのはどういうことなのか?

〔略〕

新聞の未来はオンライン上にしかない。しかしオンラインでは単なる事実の報道には死が迫っている。断片的な事実に関する情報はコモディティー化し、読者をつなぎ止める役には立たなくなる。新聞は新聞同士がライバルであるだけでなく、TwitterやFacebook、ブログや何千というコンテンツ共有チャンネルとも競争しなければならない。もしある新聞が有料購読制を採用すれば、誰かが同じニュースを無料で公開するだけに終わるだろう。独自の調査報道の場合であっても、ニュース価値が十分大きければ、 やはり誰かが完全に合法的にリライトした記事を無料で公開するだろう。記事はブログやTwitterで引用され、さらにGoogle Newsのようなニュース・アグレゲータに収集される。実はニュース・アグレゲータ自身がこういう行為を密かに応援しているともいえる。最近、Gabe Riveraが私に話してくれたが、ブロガーがTechmemeなどのアグレゲータにコンテンツを取り上げてもらういちばんてっとり早い方法は有料記事をリライトして記事を書くことだという。

つまり一般ユーザーに記事を読むのに金を払わせようといくら努力しても無駄ということだ。同様に、TechmemeのようなニッチのアグレゲータやGoogle Newsのような巨大アグレゲータのおかげで、単なる事実報道だけで新聞が特色を出し、読者を確保しようという努力も無駄に終わることは明らかだ。もちろん一部の読者は惰性でBBCなりNew York Timesを読み続けるだろう。しかしユーザーの大勢は特定のニュースメディアにとらわれることなく、ニュース・アグレゲータを通してヒットした個々の記事を読むようになる。これは避けられない。

ところが、ある特定の新聞を毎日読む、少なくともオンライン版を毎日訪問する理由が一つだけ残っているのだ。それが論説だ。単なる事実の報道ではなく、その事実の意味を解釈し、われわれ自身が意見を作り上げるのを助けてくれるような文章である。もちろん、ここでコラムニストの出番となる。

コラムニストその他、独自の意見を述べるジャーナリストこそニュース・メディアの心臓ともいえる存在だ。われわれがFox Newsを見るのはGlenn Beck、Bill O’Reillyの意見を聞くためだし、MSNBCならKeith Olbermannだ。Wall Street Journalを購読するのはPeggy Noonan、New York TimesならMaureen Dowdを読むためだ。新聞の経営者はもちろんこのことをよく知っている。だからこそMurdochは、グループの印刷メディアの旗艦であるイギリスのタブロイド、Sunの発行部数を守るために、人気コラムニストの記事を紙媒体だけに掲載してオンライン版には掲載しないという追い詰められた(しかも間違った)試みをしている

Walesは優秀な政治ブロガーはメインストリーム・メディアの人気コラムニストに匹敵すると主張するが、もちろんこれもとんでもない間違いだ。まずプロのコラムニストは所属するメディア全体の影響力や信頼性を代表している。たとえばNew York TimesのMaureen Dowdのコラムにあれほど影響力があるのは、国際的に著名なジャーナリストして取材することができた膨大な情報に基づいているからだ。フリーの政治ブロガーのほとんど全員、そんな特権は夢にさえ見ることができない。彼らはメインストリーム・メディアに発表された情報に基づいた2次的な記事を書くことしかできない。仮に独自の情報に基づいた記事を書けるインディー・ブロガーがいたとしたら、彼がメインストリーム・メディアに転身してしまうのは時間の問題だ。世界中の政治ブロガーは全国的にあるいは国際的に有名なメディアに書けるなら自分の犬でも殺しかねない連中だ。FiveThirtyEightが有名になったとき、Nate SilverがさっそくやったのはNew Republicにコラムを書くことだった。

コラムニストは深い洞察をするためにニュースメディアの影響力を必要とするし、ニュースメディアは独自のアイデンティティーを確立するためにコラムニストを必要とする。この共生関係こそニュースメディアの生き残りの鍵となる要素だ。公開された瞬間からライバルのメディア、ブロガー、Twitterユーザーたちがコピーして情報を拡散してしまうから、どんなスクープをものにしてもそれに見合う読者を得ることはできない。しかしコラムニストの場合は事情が違う。個人のパーソナリティーというのは簡単にコピーして拡散できるものではない。Maureen Dowdは一人しかいない。Glenn Beckもそうだ。そのコラムニストの意見を聞きたい読者は、オリジナルのページを訪問するしかない。さらに事実の報道は急速に古くなるが意見を述べたコラムはそう簡単に古くならない。New York Timesに何か事実が報道された瞬間からその主要な内容はTwitterその他のチャンネルで拡散され始める。しかし慎重に推敲された意見コラムは長く価値を失わない

こうしたいくつもの理由があるので、Jimmy Walesの言うことを聞いてもっとも価値ある財産である人気コラムニストを首にする新聞経営者はよほどの愚か者以外あるまい。すべきことはむしろのその反対だ。単なる事実の報道ではなく、それに対する解説や意見こそがインターネット時代のニュースメディアに価値を与える決定的な要素だ。先見の明ある編集者なら逆に金のかかる記者の方をクビにして優秀なコラムストにコラムを書かせるだろう。それこそがニュース・メディアの唯一の生き残りの道なのだ。

(新聞の経営者は眉に唾をつけてこの記事を読んでいるかもしれないが、それはいけない。私を信じた方がよい。私はインターネットのことならなんでも知っている!)

[原文へ]

(翻訳:滑川海彦/namekawa01

  • gari

    記者は何も知らない、正確に言えば、自分が何でも知っていると信じる己の愚かさを知らない。思慮深い人間は、己の限界を常に自覚しているからこそ、それを超えようと努力するが、あなたの文章は傲慢で愚かで間抜けにわたしには見える。なぜなら、優秀なブロガーの方が新聞のコラムニストよりも素晴らしい論説が書けるのは、一次情報がインターネットによって簡単に共有される現代において、その一次情報を咀嚼した二次的なコラムが誰にでも書ける状況にある。つまり、世の中の殆どの人がコラムを書く為の資料に恵まれている。だから、特定の人間が偉いなどと言う発想は間違いで、人が一万人いれば、その中に、その分野の内容について優れた文章を書ける人間は常に2〜3人はいるものなのだ。そういうことをWals氏は言っているのだ。だから、コラムニストに大金を払うよりも、そういう有能な人間を探し出す事にお金を使った方が賢明だと言っている。それを記者は勘違いして逆上しているだけだ。