
雑誌New Yorkerが、Chatrouletteを作った18歳のAndrey Ternovskiyの、長い人物紹介記事を載せている。記事は、モスクワにおけるTernovskiyの生活や育ちぶりを、いろんなおもしろいエピソードをはさみながら詳しく述べている。彼の両親は二人とも数学者で、月収数百ドルという暮らしだ。記事によれば、彼がランダムなビデオチャットサイトを思いついたのは、おじさんが経営する観光客向けお土産店でアルバイトをして、いろんな国の人たちと会ったことが契機だそうだ。記事はまた、彼を一種の非行少年もどきとして描写している:
プログラミングのできるロシアの若者の多くがそうであるように、Ternovskiyもハッカーにあこがれた。11歳のときハッカーのフォーラムzloy.org(英訳するとanger.org)〔anger==怒り〕と出会い、リーダーのSergey(ターミネーターと呼ばれていた)からハッキングの手口を教わった。Flashboyというハンドル名を名乗っていたTernovskiyは、すぐにDoS攻撃のやり方をマスターした。これはターゲットのシステムを過剰な通信リクエストによって麻痺させる行為だ。その次は、Webサイトと電子メールのハッキングをおぼえ、彼に好意をもつ女の子に頼まれると喜んで実行した。2007年、15歳になると、彼はハッカーたちが“ソーシャルエンジニアリング”と呼ぶテクニックを身につけた。それは、人をだましてほしい物を手に入れる手口だ。あるとき、教師になりすました彼は、テスト用紙を学校に配布される前に見ることができた。
…という、ワル(悪)のハッカーぶり。あの、大量の変態人間が横行する、がらの悪いサイトは、そういう人でなきゃ作れないだろう、というNew Yorker誌の書きっぷりだ。でもTernovskiyがChatrouletteを作ったのは、変態趣味からではなく、ハッカーの好奇心からだ。しかも、何にもましてそれは、彼がロシアを出るためのチケットになった。儲けたからではなく、世界中の関心のマトになったからだ。本誌の取材によると、Union Square VenturesのパートナーFred Wilsonが個人的な推薦状を添えて彼の合衆国訪問のためのビザ取得を急がせ、彼がぎりちょんで搭乗できた飛行機がニューヨークの空港に着くときには、ロシア人の投資家Yuri Milnerが迎えの車を手配した(なお、Wilson、Milner、Ternovskiyの三名は、5月末に行われるDisruptカンファレンスでスピーチする)。
ニューヨーク市を退屈と感じた彼は、ひんぱんにカリフォルニアを訪れた(彼はいろんなところを訪ね、TechCrunchのオフィスではインタビューにも応じた)。彼は、できることならモスクワへは帰りたくないと思っている。彼はすでにPalo Altoにアパートを借りていて、SGNのShervin Pishevarのはからいで長期ビザを申請している。たぶん彼にとっては、デジタル世界の非行青年や非行中年だらけのシリコンバレーが、いちばん居心地がいいのだろう。
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))
