
先週、GoogleとVerizonが、”オープンなインターネット”を守りネットの中立性を維持するという問題に関する、共同提案を発表し、それがネット上メディア上で激論の嵐を招(よ)んだ。両社はともに、オープンなインターネットを愛すると表明した(GoogleのCEO Eric Schmidtは”Googleにとってオープンなインターネットはきわめて重要”と述べた)が、しかしその’インターネット’には、ワイヤレスのインターネットが含まれていなかった。彼らのオープンと中立性は、あくまでも有線のインターネットに関するものだった。
多くの人が、Googleの偽善を非難した。オープンかそうでないか、二つに一つだ。半分オープンなんてありえない(半分妊娠していることがありえないように)。
VerizonやAT&Tのような通信企業は、ワイヤレスのインターネットを有線のインターネットに対して特別扱いしたがる。しかし、両者に違いはない。インターネットは一つだ。アクセスするネットワークやデバイスが、いろいろ異なるだけだ。どうやってアクセスしたかは問題じゃない。インターネットそのものを支配するルールは、一つであるべきだ。
GoogleとVerizonは、”ワイヤレスのブロードバンドは従来の有線の世界とは違う”、変化が非常に激しいから規制はむしろその動きを停滞させる、と主張する。AT&Tもこの別扱い説に同調して、”ワイヤレスは違う”という記事を発表した。AT&Tは、”ネットの中立性という義務”をワイヤレスブロードバンドに課すことは非現実的だ、ワイヤレスネットワークの能力は有線のそれに比べて桁違いに小さいから、と言っている。さらにAT&Tは、したがって”ワイヤレスのキャリアはトラフィックを動的に管理し”、そのネットワークを彼らにとってもっとも適切に運営すべきである、と主張している。これが、AT&Tの仰々しい泣き言だ。
ここで言っているトラフィックの管理とは、技術的な理由で行う正当な管理作業のことではない。また、規制云々と言っているのも見当外れだ。これはむしろ、インターネットを消費者に届けるための道路に関するルールを作ろう、という問題だ。その大原則は同じであるべき: すべてのビットをできるかぎり平等に扱うこと。
GoogleとVerizonの共同提案は、有線のインターネット(DSL、ケーブル、光ファイバなど)に関しては、ブロードバンドのプロバイダは”違法でない”コンテンツやアプリケーションをすべて差別なく平等に扱うべき、と初めて明言しているから、ある意味では先進的なのだ。有線のブロードバンドのプロバイダは、金を払ったWebサイトのトラフィックを他より速くするようなことを、してはならない、とも言っている。
ここまでは、きわめてまともな提案書だ。ワイヤレスのインターネットにも、同じことをを適用すればいいじゃないか。ビットの扱いにえこひいきがあってはならない、Webサイトのコンテンツやアプリケーションに対する”有料の優遇策”は違法とせよ。ワイヤレスのキャリアは、コンテンツやアプリケーションによる差別だけでなく、デバイスによる差別もあってはならない。GoogleとVerizonが、iPhoneなどそのほかのデバイスに対してAndroid機を優遇する…ダウンロードが速い…契約を結んだらどうなるか? あるいは、YouTubeのビデオだけはどのデバイスの上でも優遇、となったら?
Googleはかつて、ワイヤレスのインターネットもオープンであるべきと主張したのだから、差別に反対するのが当然ではないか? でも、今のGoogleは当時ほど理想主義的ではないし、徐々にご都合主義的になりつつある。しかし本当の問題は、Google、Verizon、AT&Tといった特定企業の考え方ではない。今度のような提案をAppleやMicrosoftやNews Corpがしたとしても、同じく間違いは間違いだ。企業間の契約があろうとなかろうと、なにしろワイヤレスの上で特定のコンテンツやアプリケーションだけが優遇されるのはごめんだ。
GoogleとVerizonは、ワイヤレスをネットの中立性というルールから外すという提案をしたために、こういう疑心暗鬼を招いてしまった。どこかを優遇することは、ほかを差別することだからね。
面倒な規制は誰しも嫌いだが、合衆国ではほとんどの都市で、選べるプロバイダは1〜2社しかないから、それは事実上独占に近い。ワイヤレスのキャリアに関しても、同様だ。だから、いくつかの指針というものは必要だろう。Fred Wilsonは、こんな提案をしている:
誰にも理解でき誰もが守れるような、シンプルな基本原則があればよい。
そして彼は、スタンフォード大学の法学部教授Barbara Van Schewickの説を引用する:
特定のアプリケーションに対する差別は禁ずるが、アプリケーションを特定しない差別は認める。
つまりキャリアは、SkypeやAppleのFacetimeをブロックすることはできないが、一定の規定値を超えて帯域を大食らいするようなアプリケーションは差別してよい(さらに、デバイスを特定する差別も禁じるべきだろう)。Schewickのようなルールなら、キャリアはワイヤレスネットワークの能力の制約を管理でき、しかもネットの中立性という原則は遵守できる。
ネットの中立性は、だれもが無制限に大量のムービーをBitTorrentから自分の携帯電話にダウンロードできる、という意味ではない。どのビットも平等に扱われる、ブロックされるときですら、という意味だ。
写真クレジット: Flickr/ Jon-Eric Melsæter
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))
