Facebookは次のMicrosoftに化けるか?
Duncan Riley
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今日FacebookがParakeyを買収したことについてさまざまな反響が出ているが、この買収について広い観点から意味を考えた論評は少ない。Robert ScobleがFacebookに次々とお気に入りのアプリケーションが取り込まれていることを「Facebookは新たなデータのブラックホールになりつつある 」と評しているのが目につく。フィードにしろ、ブログの創設にしろ、画像のアップロードにしろ、そしてもちろんSNS機能にしろFacebookはコンテンツの消費と生成に関して、唯一のワンストップショップとなリ始めた。まだマーケットのリーダーとはなっていないが、Facebookが急速に成長しており、ますます多くの人々が使い始めていることは間違いない。
Facebook対Microsoft: 初期の歴史
もし読者がジェネレーションXに属する年齢なら、この歴史は知っているはず。もっと若い層は知らないかもしれない。昔々、Microsoft帝国は今日のように無敵の存在ではなかった。80年代、消費者の選択肢は豊富にあった。この時代にPCはDOS上で動いていて、家庭にはまだそれほど普及していなかった。プラットフォームはCommodoreからAtari(当時音楽制作分野ではAtariが有力だった)、そしてAppleまで多数存在した。オペレーティング・システムもそれを動かすコンピュータの種類だけ数多くあった。それが変わったのは1990年代になってからだ。理由はMicrosoft Windowsの登場である。Windowsは独自技術によるプラットフォームで、この上でいろいろと開発ができる。そして開発者はその誘いに乗った。当初はニッチな存在だったものが急速に「誰に対してもどんなものでも」提供するプラットフォームに成長していった。1990年代半ばには少数のAppleファンを除いて、WindowsとPCが事実上すべてのライバルを抹殺していた。.
2007にはもうこんなコンピュータ戦争の歴史は歴史の脚注にすぎなくなっている。ほとんどのユーザーは Microsoft Windowsを利用したコンピュータでインターネットにアクセスしている。逆にウェブ自体は利用できるコンピュータとOSに関して以前より広い選択肢を与えている。さまざまな競合するシステムが何百万というウェブページをホストしている。
2007年5月にFacebookのプラットフォームF8がローンチされた。このマーケットには選択肢が豊富だったが、FacebookはFacebook内からのみ作動する対話的アプリケーションのプラットフォームを提供するという道を選んだ。F8はまだ市場を支配するようなプラットフォームというには遠いが、わずか2ヶ月と少しで1000もの新しいアプリケーションがFacebookユーザーに提供されており、さらに多くが登場することが予想されている。Facebookアプリケーションの多様さがユーザーの増加をもたらしている。人々は何か面白そうなことが起きている場所に集まるものだ。こういったことは、いろいろな意味でMicrosoft Windowsの初期の成長を思い起こさせるものとなっている。
Web OSとしてのFacebook
FacebookのParakey買収の意図について、非常に明らかなことがある。Facebookはウェブにおけるトラフィックの首位の座をめざしている。そのための成長戦略は2つの側面に分かれる。
1: サードパーティーの開発者を利用して魅力あるアプリケーションやコンテンツを制作する
2: 魅力あるアプリケーションやコンテンツを確保するために、さらに他の企業やビジネスを買収する
今のところWeb OSという考え方はさして多くのユーザーベースを生み出していないが、Web OSスタートアップに流れこむベンチャーキャピタルの資金を見ただけでも、事情に通じた人々がこのコンセプトが将来巨大なヒットとなる可能性を認めていることがわかる。Facebook自身がこの点を認識しているからこそParakeyの買収に動いたのだ。これによってFacebookがWeb OSのプロバイダの一つになれるだけでなく、独占的なプロバイダになるベースを提供するものと考えているに違いない。
シミュレーション
これから2年から5年の間にFacebookがウェブのNo. 1サイトになったとする。オンライン・ストレージ、オンライン・アプリケーション、メール、ブログ、そしてもちろんSNSと、すべての分野でWebOSとしてのFacebookがリーダーになっているとしよう。するとユーザーのFacebookの利用形態が変わってくる。Facebook OSがFacebookF8プラットフォームを吸収してしまうだろう。以前のFacebookアプリケーションはFacebook OSのもとで動くようになり、現在のWindowsのような存在に近づく。Facebookは多くのユーザーにとって単なるインターネット上のサイトというだけでなく、デスクトップ代わりの存在になる。FacebookPaintがPhotoshopの代わりを務め、Facebook EmailがOutlookを代替、Facebook Office (その頃にはFacebookがThinkfreeかZohoを買収している)がワープロと表計算のマーケットを主導している…。
現在ではまだ夢物語に聞こえるかもしれない。しかし、これがFacebookが現在目指している正確な方向であることは間違いない。
Googleとの比較
Facebookの方向は新しいものではない。Googleが何年も前から同じ方向をめざしている。Googleは万人向けのデスティネーションサイトとしてNo.1ウェブサイトの座を確保するため、検索専門企業という当初のアイデンティティーを捨てている。Gmail、GoogleDocs、Googleカレンダー、Google Desktop…など、Googleの提供するサービスのリストは延々と続く。Facebookとの差はこれらの多数のアプリケーションが相互に連携する関係にある。そしてこの点ではすでにFacebookに優位が認められる。つまりFacebookがSNSとしてスタートしたため、そのアプリケーションはどんなものであれ、SNSという核となるサービスに関連づけられている。Googleのサービスは優秀だが、相互の関連づけはきわめて希薄だ。GmailにしてもReaderにしてもスタンドアローンのサービスとして利用されており、それに対してFacebookではすべてのアプリケーションが連携している。
Conclusion
現状ではFacebookに否定的な部分を見つけるのは難しい。アプリケーション・プラットフォームの提供、そしてWeb OSへというステップも賢明なビジネス戦略として賞賛されている。またもちろんFacebookのサービス自体も日々改良が続けられている。ユーザーの観点からすると、無数の選択肢の中で迷いがちなこの分野で、ワンストップですべての用が足りるアプリケーションというのは非常に便利で魅力がある。
Facebookというのはクローズドな世界だ。Facebookにはまったくオープンソースの要素はない。Facebook用に開発されたアプリケーションは他のサイトでは作動しない。しかしFacebookは明日のMicrosoft Windowsになる可能性は十分にある。Microsoftは自社の製品のおかげでいかにコンピュータの世界が恩恵を受けたかいくらでも説明してくれるだろう。Facebookも同様の説明を用意していることは疑いない。しかしこういった中央集権化と画一化がわれわれ全員にとってよいものであるのかどうか、ここで一度考えてみる必要があるのではないか。もちろん、FacebookはまだMicrosoftのレベルには達していない。しかしこの質問はいま提起しておくべきだと思う。もしかすると、2年から5年後には、すでに手遅れになっているかもしれないのだ。
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