Google Reader、共有の度合いが過ぎる?
by Erick Schonfeld 2007 年 12 月 27 日 append.gif この記事をBuzzurlにブックマークする

google-reader-list.pngGoogle Readerの新共有機能についてちょっとした議論が持ち上がっている。数週間前に、Googleはフィードリーダーの新機能を提供し始めた。これは、ユーザーのGmailあるいはGtalk(ユーザーがこのようなGoogleサービスも利用しているものという前提で)アドレス帳に連絡先が記入されている人たち誰とでも読んでいるエントリを共有できるというもの。問題なのは、全部共有するか、それとも全然共有しないかという点にある。つまり、アドレス帳に記載されている友だち全員と自分の読んでいるエントリを共有する、あるいは誰とも共有しないか、という方法だ。言い換えれば、共有するということは、自分の読んでいるセレクションを一般に公開するのと同じようなものだ。特定のエントリやフィードを指定して、指定した一部の人たちだけと共有するという方法は全く提供されていない。

消費者に対してきめ細やかなコントロール機能が提供されていない場合、共有機能はスパムのようになってしまう危険性がある。私がある人にメールを送信したことがあるからといって、その人と友だちだとは限らない。そして、私が「共有したい」と思いつく適当なブログエントリ全てを先方が読みたいと思うことなどないだろう。もし、そのようにことが起これば、ちょっとした興味の(対象であるブログエントリ)共有として適切な限度を越したものになってしまうだろう。そのような場合には、特定の人物が共有しているエントリを見えないようにできる。しかし、ユーザーが共有したいエントリを特定の人たちだけが見られるように指定する、あるいはブロックすることはできない。少しばかりやり方を変えて、共有エントリを見られないように他ユーザーを指定した上でブロックする、あるいは、プライベートな共有グループを別個に設定可能にすることがどれ程困難だろうか?もし、FacebookのBeaconの経験から学んだことがあるとすれば、それはソーシャルなサービスの利用ユーザーに「データ閲覧できるのは誰か」について可能なかぎりのコントロールを提供するべきだ、ということだろう。

はっきりしておきたいのは、ユーザーが読んでいる全てのフィードをアドレス帳に記入されている他ユーザー全員にGoogle Readerが知らせているわけではないという点だ。ユーザーが意図的に「共有」ボタンをクリックするまで、デフォルト設定は全てプライベートとなっている。しかし、いったん共有ボタンをクリックしたら、誰が何を見られるのかということについてのコントロールを失ってしまう。このアプローチの魅力は、知り合いの一部の人たちがどのようなものを共有しているかを、何の努力も払わずに見られることだ。しかし、機能方法をはっきり理解できない人たちには、プライバシーに関する課題を作り出すことにもなる。このサービスには何とも気味悪い監視機能のような一面があり、人びとが興味を失ってしまう、あるいは、何も共有しないという結果を招いてしまうかも知れない。

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(翻訳:Nobuko Fujieda)