1920年代、ダダイストたちはexquisite corpseという一種の室内ゲームを考え出した。まず誰かが絵(あるいは詩)をかき、それを友達に渡す。受け取った人は次の部分を付け加えて、それをまた次に渡し、完成するまで続けるのである。そしていま、DavidHissamiという若い起業家が、(彼はそう呼んではいないが)同じコンセプトをWebビデオに持込もうとしている。12月1日、HissamiはWhoa Showという、視聴者プロデュース型のビデオ・シリーズを立ち上げることを計画している。Hissamが語る基本コンセプトは、こうだ。「一つのクリップの終わりには、次への指示がついていいる。それに続いた最初の人がショーをつなげて、また次の人に指示を出す」。ショーに参加するには、直前のビデオに従って、自分のをつなげなければならない、という仕組みだ。
Hissamiはここから「一種の公開のレースのようなものが生まれる」と言い、「大勢の参加者と一緒に現実のゲームを楽しむことができる」と述べている。魅力の一つは、たぶん次にどんなものが来るか誰もわからないし、それは視聴者の想像力しだいということだろう(若干の例外があり、ポルノや反社会的活動を指示することは禁止されている)。これは、「自分の指示に従うしかない状況で、人がどんな作品を送り出すか。そしてどんな指示を出したら、誰がどんな続編をつなげるかを観るゲームだ」とHissamiは言う。視聴者が自分で楽しめるということだ。
共同参画型アートはとても楽しいものになる可能性があるが、見ごたえのあるものができることはめったにない。ショーを観るのが、投稿を承認された連中(とその友人)だけに終わるかもしれないからだ。投稿が承認される条件は、ビデオを最初にアップロードした人で、ベストということではないので、結果には失望させられるものとなるかもしれない。Hissamiは、質の問題についても語っている。「Whoa Showは、『ベスト』にはそれほどこだわらず『リアル』な何かを目指している。伝統的なTV番組と比べると、Whoa Showはもっとパーソナルでしかも社会的なものだ。言い換えれば、もっとうまくつながることができる、ということ」だが、全員がそうできるわけではない。というのは場面ごとに1本のビデオしか選べない(少なくとも最初のショーの場合)からだ。これはサイトの魅力を損なうことにならないだろうか。もちろん、ショウが実際に立ち上がるまでは分からない。参加型ビデオに共通することだが、質は参加者にかかっている。
(「Exquisite corpse」の画像はGhostpatrolから)
[原文へ]
(翻訳:Namekawa, U)

