Citizendium

Citizendiumは文明化したWikipedia?

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WikipediaのファウンダーのひとりLarry Sangerは、彼の新しい知識共有wikiプロジェクトであるCitizendiumを今月末までにスタートすると発表した。 このサービスを特徴づけているのは、トピック・エキスパートが最終的な決定権を持っていて、議論を「決議」したり、「荒らし」を追い出したりできることだ。CitizendiumはWikipediaの発展形のひとつとして、コミュニティでWikipediaの項目を編集することができるが、 Citizendiumに編集されていないバージョンのWikipediaも提供されるという。Sangerは、トピック・エキスパートは村の長老か大学教授のような役割を果して、wikiを文明のある場所にしてくれるだろう、と言っている。

馴染みあるモデルのバリエーションは好きだし、web 2.0はもちろんまだ固まっているわけではない。が、僕はいくつかの点で、Citizendiumにはかなり懐疑的だ。

CitizendiumはLarry Sanger’sが以前Digital Universe Foundationでやった仕事とは別物。そのプレスリリースでは、似たようなプロジェクトに専門知識を提供する人に差し向けられているが、XXXで終わるURLはクリックしても404(Not Found)になってしまう。CitizendiumはSangerが指揮したText Outline Projectというこれまたよく似た試みとも違うもので、Sangerはこれについては1年か2年のうちに再開すると言っている。Wikipediaの前身のNupediaのことを思い出さずにいられない。あの時Sangerは、まさにこれからCitizendiumでやろうとしているのと同じような編集長をやっていたのだ。 Nupediaはが失敗したのは、博士号が必要だったり、システムがよくなかったり、wikiモデルの方がよく出来ていて、特にWikipediaがすばらしかったからだと言われている。

他にもCitizendiumの情報をこれ以上聞くのをためらわせるような話が多くて、まじめには受けとれない。このプロジェクトにはテキストだけのサイトに飽きた人のために支援があるのもたしかなので、モノになるのかもしれない。でも、僕は期待はしていない。

編集者の権限を持つエキスパートになるためのモデルはまだアナウンスされていない。このあたりについては、今後数週間のうちに草案を出すとサイトに は書いてあるが、その頃にはCitizendiumはもう始まっているはずだ。FAQによれば、博士号は編集権のために必要でもないし、あればよいわけでもないそうだ。

はたしてWikipediaを修繕する必要があるのか? (Wikipediaの)ページ履歴のおかげで記事を破壊することは(ほぼ) 不可能なので、僕にはいまだ(Wikipediaを修繕させたCitizendium)の必要性を理解できていないのだが。Wikipediaのディスカッション・タブは自分が気に入ったバージョンを見るのに最適だ。うるさすぎるって? でも(Citizendiumのエクスパートによる決定権は)、貴重な知識を持っている人が参加へのやる気をなくすことになるのではない?世界は文句が多い人のためのWikipediaを必要としているのかい? そうかもしれないけど、僕はそんなことではエキサイトしないし、この試みがうまくいくとは思えない。

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