レイン・ハートウェル問題に見る、ネット時代のフェアユースvs.表現の自由

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この「バブルビデオ」(上)をめぐる怒号は当分鳴りやまりそうもない。

もう一度流れを整理すると、まずYouTubeで視聴回数100万回を突破したこの動画に「自分の写真を無断で使っている」とレイン・ハートウェル(Lane Hartwell)が異議を唱えて動画が削除された。動画は問題の写真を別のものに差し替えて再掲に。今度は動画に使用した全画像のクレジットも末尾にリストアップした。

ところが、やはりこの馬鹿動画「バブルビデオ」に写真が使われたと、他のフォトグラファーたちからも反対の声がわきあがってきたのである。Ramona Rosalesは自分が撮ったTechCrunchマイケル・アーリントンの写真(これは僕の古巣の雑誌『Business 2.0』掲載用に撮影したものだ)が使われてると文句を垂れ、プロ写真ブログPDNPulseでハートウェル女史と同じことを書いている。:

「僕の写真の無断使用には断固反対だ。この写真については一度も使用許可の申し入れはなかったし、報酬も受け取っていない。…(バンドの)Richter Scalesには今日にでも連絡をとって画像削除してもらおうと思ってるよ」

ここで問題なのは、オフラインの世界の常識とネットに台頭中の常識の間に大きな差があることだ。ウェブの参加型カルチャーでは人が他人の文章・楽曲・画像を使う手法がガラリと違う。そのため法律も業界も今は基準が後追いになっているのが実情だ。

例えばFlickrに自分の写真を出しておきながら(レイン・ハートウェルも出した。訳注:あまりに盗用が多いため非公開モードに切り換え中)、それを誰かに使われたと驚く。それはまるでニュワークのダウンタウンに鍵つけて車を置き去りにしといて、まあ、それ相応の結果になったとビックリ腰抜かしたフリをこくような話だ。法律はハートウェルに味方するかもしれないし、しないかもしれないが、それが問題なのではない。法律そのもの、もう時代遅れなのだ。

昔なら誰でもハートウェルの撮った写真を雑誌からクリップしてコラージュ作ったり、ビデオに撮ってプライベートな動画を作ったりできたし、そうしたところで誰にも気づかれなかったし、文句もこなかった。それがプライベートがパブリック(公共)になり、動画がネットで何百万人という人と共有できるようになったとき、問題は生まれた。突如として個人の楽しみはブロードキャスト(放送)となり、作品と関連のある広告が出るウェブページはすべて商用の括りになってしまったのだ。

著作権保持者の権利は、もっとファンダメンタルな表現の自由の権利と常にバランスを図ってきたが、今やネット時代の「表現の自由」は言葉や文章以上のものとなり、自己表現はますます画像、動画、アニメーションはじめリッチメディアが入ってきている。既にある作品のマッシュアップも多い。これが現代人のコミュニケーションのかたちなのだ。それに即した枠組みに著作権法と業界の標準も変える必要がある。

もちろん、レイン・ハートウェル(Lane Hartwell)のようなクリエイターが作る作品に対する報酬の与え方も同様に変えなければならない。ウェブ登場前の基準をただ当てはめるだけではうまくいかない。作品が不足しているなら写真1枚に何百、何千ドル吹っ掛けて構わないし、写真は例えば「雑誌に使用1度きり」と制限もできるが、ウェブでは多額の前金を要求するのは間違ったモデルだ。

そもそも課金というのが間違ったモデルという言い方さえできる。ウェブの通貨は結局のところリンクである。このバブル・ビデオが末尾にクレジットリストを出すだけじゃなくリンクを適正にはっていたら(動画に画像が出る度に動画本体にリンクが出る方が好ましいんだが)、版権契約にだらだら時間使うより写真家にとっても価値あることかもしれない。リンクはトラフィックを呼ぶ。トラフィックが増えれば写真家としても、より多くのクライアントが探せるだろうし、売る気ならサイトでもっと写真が売れることだって考えられる。今はまだ物事はそういう具合に回っていないが、本当はその方がみんな助かるのだ。

レイン・ハートウェル問題の核心はそこにある。これは彼女一人の問題ではない。われわれみんなの問題なのだ。

その本題に移る前に今の法解釈について書いておこう。今回の画像使用が著作権法が定めるフェアユースの原則に当てはまるかどうかについては両サイドで見解が割れている。とどのつまりは裁判所だけが判断できる問題だ。

僕の共同エディターのマイケルはフェアユースに違いないと論じているが、その彼もスタンフォード大で法律の学位を取ってはいるけど著作権の専門家では全然ない。ハートウェル(と彼女の弁護士)は画像は無許可で丸々使用しているし、動画を投稿したグループ(Richter Scales)はYouTubeの自ページにリンクがあるからCD売上げとコンサートで利益を得るのだから原則的にフェアユースじゃない、との主張だ。

実言うとRichter Scalesは非営利のアカペラグループで、オリジナル動画公開の週はCD売上げ枚数が合計8枚なんだが、それはこの際、脇にどけておこう。著作権法では関係ない話だからね。損害の規模は、ハートウェルがこの写真を売っていたらいくらで売れたかを基に算出される。彼女はプロの写真家だから相当高くついたはずだ。もちろんこの画像でPR効果もだいぶ挙がったのでハートウェルも仕事が取りやすくなるだろうけどね。

繰り返すが、これはどちらの議論も成り立つ話なのである。

「作品は内容が変更されていた?」-イエス。動画では頭から別の話になっている。「ハートウェルの写真を馬鹿にする動画ではなく、シリコンバレーを面白おかしく表現するのに彼女の写真を使ったパロディーなのでは?」-イエス。ハートウェルはシリコンバレーのパーティーを撮り続けている写真家だから、彼女が撮ったValleywagブログのエディターOwen Thomas(削除されたハートウェル撮影作品)同様、どちらも動画がパロっているシリコンバレーのカルチャーの断片と言える(このThomasも Business 2.0からの引き揚げ組。Time Inc.は正しかった。あのマガジンは結局鼻つまみ者の集まる雑誌だったのだ)。

「でも、Richter Scalesは画像を全部使用したんだよ? 許せない!」-イエス。でも1枚の写真から「抄録(excerpt)」をどう拾えと?クロップ(切り取り)でもしない限り無理だ。とにかくハートウェルの画像はオリジナルの動画にチラッと一瞬出るだけだから、裁判所も「偶発的複製(incidental reproduction)」と片付けてしまう気もするが(いや、言っておくが僕は弁護士ではない)。

この言い争いは、ここのコメント欄にも雪崩れこんできている。ブロガーのロバート・スコーブルは、ハートウェルのような写真家は偽善的だとここのコメントに書いてきた。:

「仕事頼まれてもいないのにパーティーで人の写真を撮って(被写体には写真の儲けから何の分け前もこない)、パロディー動画で使われて初めて、仕事の請求書を送る。本当に馬鹿みたいだよ」

これにはハートウェルも長文レスで応じている。あれは公共の場で撮った写真であって自分個人の商用と言うより報道媒体向けに撮った作品だ、と説明した上で、最後をこう締め括っている。:

最後に言いますけど画像のライセンス行為で写真家はお金を稼いでいるんです。私がこのシステムを発明したんじゃなく、私はただそのルールに従ってプレイしているだけですよ。…みなさん写真のビジネスが分かっていない、請求の流れも知らない、だからこんなに私を毛嫌いしてるんでしょう。それならしょうがない、受けて立ちますけど。…でも写真業界で誰でもやってることで私を槍玉に挙げ、私が何か普通じゃないことをしてるとか、倫理にもとることをしてるというなら自分で少しは勉強しなさいとアドバイスするまでです。

要するにレイン・ハートウェルが悪いんじゃない、責めるならシステムを責めろ、ということか。分かった。他の写真家からも山のように不満の声があがってるところを見ると、著作権法のシステムも、クリエイターの作品に対する報酬のシステムもネットには通用しないということだろう。マイケルが動画削除の後、最初の記事でこう書いている。:

芸術に対する所有権に関する社会的な認識は変化しつつある。いたずらに作品の著作権を主張して、誰にも利用できないサイロの中に閉じ込めてしまえば、単に無視されてしまうだけだ。コミュニティーと協力して作品のマッシュアップを許可するばかりか積極的に頼むぐらいのことをし、あるいはいろいろな形での再利用を歓迎するなら、「アテンション」という重要な報酬が得られるのだ。この根底には「コミュニティーのメンバーでありたかったら、作品の利用を許すことによってコミュニティーに貢献しなければならない」という暗黙の理解がある。

互恵関係が必要ということだ。でも旧式の規範では今のスケールに対応できない。写真家100人から許可取れというんでは規模が全然追いつかないのだ。 実のところこれが言論の自由に課せられた今の限界であって、あの動画は昔のルールに従ってたら一生できなかったはずだ。

こちらからは以下のような次善作を提案したい。: 本当に非商用の作品についてはウェブで入手できる画像はじめ各種コンテンツはとにかく一定のしきい値まで無料で使えるようにしてしまうべきだ。そして人気が商用レベルまで達した時点で、それが本当に商用に値する作品なら、そこで初めてライセンス料徴収とする。

そしたら何が起こる? 今はコンテンツを「盗用」している人たちも、もっと多くの人がそういうライセンス供与の体制に登録するだろう。ハートウェルのような写真家も収入源に花が咲くのを目にすることになる。1件1件のライセンスはハートウェルのような種類の人たちがオフラインの業界で見慣れたものとは違うかもしれない。が、全部合わせたら結構あなどれない額になるのでは?

となれば今僕らに求められているのは、そんなライセンス登録システムを現実にするスタートアップだけである。誰かやらないか?

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(翻訳:satomi)