マスコミはまだコントロール体質から抜け切れていない

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MediaScrape:言いたいことがあるなら言えばいい

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インターネットが素晴らしいのは、誰もこれをコントロールしないところにある。媒体がコントロールできないなら、メッセージもコントロールできない。1億人がブログしてYouTubeしてDiggしてTwitterマニアと化す今の時代、それは自明である。

実は今朝ちょうど「End of Control(コントロールの終焉)」というFacebookグループから招待状が届いた。ここではメディア企業からコンシューマにコントロールが移るにつれ持ち上がってくる諸問題を語り合っている(グループを始めたGerd Leonhardは今、これと同じテーマで本を執筆中)。

でも、コントロールすることに慣れ切った各業界は、おいそれとはこれを手放さない。オールドメディア(古参のマスコミ)とはそんなものである。今のこの時代になっても未だにコントロールを維持しようと奮闘している。情報の受け手(オーディエンス)との間の関係性が変わってしまったことはオールドメディアも承知しているのだが、それにどう対処していいか答えを探しあぐねているのだ。

僕が言いたいことを端的に示す出来事が先週2つ続いて起こったので、ちょっと紹介しておこう。水曜、NYのマスコミ業界の人たちと連れ立って「Mediabistro Circus」カンファレンスに出席した。するとトークを聞いていたら、何人かの講演者が同じテーマを繰り返し述べている点に気づいた。「ウェブで成功するにはコントロールを放棄する必要がある」という話だ。業界ウォッチャーなら何年も前から注目している問題だが、会場では新発見という感じで紹介されていた。 そう。やれオーディエンスは記事に反論してくるとか、やれマスコミの業界人が施しで流してくるニュースを消費するより仲間内で語り合ってる方が好きとか、そういう話である。

変化が浸透するまでにはちょっと時間がかかるのは分かるが、こんなこと今さら説明が必要なこと自体、妙に思えてガーンときた。会議に出席した他の人たちは、僕が覚えてるだけでも大体が新聞、雑誌、その他の放送メディアのデジタル部門の人だ。ネットでオーディエンス参加を促すにはコメント、投票、論説、注目記事選定まで受け手にやらせなくてはならないなんて話、初耳の人なんて本当にいたんだろうか?

そうは思えない。が、何かを知ることと、それに対し何か対策を打てること ―この場合は深く根付いた生活習慣を変え、仲間(その多くは[一方通行でニュースを受け取る]放送時代に育った世代)にも同じことをするよう説得すること- は別問題なのだ。

さて、このグループと比べたいのが、木曜にトロントのMeshカンファレンスで会ったウェブの企業家たちだ。彼らには「ウェブで成功するためにはメッセージや受け手のコントロールは止めなくてはならない」なんて説明は不要だ。きっとそれは彼らの側にオーディエンスをコントロールしようなんて気が最初から無いせいかもしれない。なにしろ(NYとは)正反対なのだ。会場の聴衆が自分でイベントを報じ、自分なりのメッセージを流せるような[受け手が情報発信者に逆転する]ツールの開発で多忙な人もいれば、またある人はオーディエンスにさらにコントロールを与えるという発想を軸にビジネス全般の開発に関わっているという。

そんな一人が、講演者を務めたDiggクリエイティブ・ディレクターのDaniel Burka(Pownce共同ファウンダー兼務)で、氏は紙の新聞社を今ごろ始めようなんて人は、正気を失った人でもない限り誰もいない、と話していた。 紙・印刷・輸送トラックに新聞社がどれだけの金を使っているか、それひとつ考えてもみて欲しい。 こうしたインフラ(しかもコンテンツ製作には記者・編集者・カメラマンの一軍も当然必要だ)を全部回していくだけの資金を確保しようと思ったら、読者をコントロールし、読者の方から大挙してニュースを読みにくるよう仕向ける以外に方法はない。

ところがウェブにいくとこれが全く筋が通らない論法なのである。 ウェブと各種メディアサイトから最高の見出しを一つに集めている当のDiggでさえ、「うちがみなさん唯一の情報源ですよ」とは決して大風呂敷を広げない。この点についてBurkaはこう語っている。:

「One Page To Rule Them All(ページ1枚ですべてを支配)」という概念は意味をなさない。なにも、みなさんの行くホームページは当社のホームページだけじゃない。万人共通サイズのデスティネーションが作れると思ったら、それはお粗末なデザイン判断ということになりますね。

オールドメディアにも新世界の現実が見えている人もいる。例えば「ワイヤード」のクリス・アンダーソン編集長が行ったMediabistroカンファレンスの基調講演なんかは、群を抜いて先見性のある講演のひとつだった。話の中で氏は、メディア企業はコンテンツ提示にもっと段階的(+利益の出る)アプローチを採る必要があると語った。

ピラミッドの頂点には既存ジャーナリズムがある。そこでは記者・編集者が文章の1言1句、画像1枚1枚に血眼になって神経を尖らせ、読者に代わってあらゆる手を尽くして情報独占入手を争っている。ピラミッドの底辺には読者コメント、報道機関が流すメインストリームのニュースにリンクを飛ばすTwitterとブログ記事がある。そしてその中間は、この2つが入り混じる場だ。コメントや、読み手のブログ記事の中から最高のものが浮力をつけて上にいき、記者ブログやグループブログがこれを紹介する。

ピラミッドの頂点から流れてくるニュースには、CPM(1000人当たりの広告費)の高い広告が出る。これはそのメディア企業の営業部隊が販売を担当している。一方、ピラミッドの底辺にあるロングテールのコメントやブログ投稿には、アドセンスほか各広告ネットワークが配信するロングテールの広告が出る。ニュースがピラミッドの階段を駆け上っていくに従い、もっとCPMの高い広告にも手が届くようになる。

たぶんアンダーソンに必要なのはこのピラミッドを上下逆さまにひっくり返すことだが、少なくとも氏はオールドメディアの世界と2方通行のウェブメディア、この間を架け橋でつなぐことについて語っている。つまりベストなものは中間の層にも通り抜けられるし、フィードバックはメディアピラミッドの頂点に返っていくこともあり得るということだ。読者の投稿・コメントはサイトで紹介してもらったり、印刷媒体に載ることだってあるだろう。―アンダーソンも講演ではそこまでは語らなかったけどね。

だが、コントロールを放棄すると一口に言っても、それは受け手から最高の情報提供を焼き直しで再放送することだけではない。最高の対話がもてるような場を創出することでもある。その点、アンダーソンがニッチメディアの可能性とパワーを熟知しているのは間違いなくて、本業の傍ら、氏はNingで無人飛行機ファンの集まるソーシャルネットワーク「DIY Drones」を作ったのだ。サイトから入る月400ドルの収入はすべてアドセンスからのもので、CPMは7ドルを確保している。 何より素晴らしいのは、コンテンツ製作はほとんどサイトに集まったコミュニティの人たちに任せているところだ(このDIY Dronesは氏が編集長を務めるWired.comや親会社Conde Nastの一部門ではない点に注意)。

「一番背の高い小人になるんだ」。氏はニッチメディアのサイトを自力で作りたがっている人にはこう進言している。

悪くないアドバイスだが、そんな小人の国でオールドメディアは無事生き残っていけるんだろうか? 小人というのはひどくコントロールしにくい生き物だしね。

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(翻訳:satomi)