Foo Camp 2008―ギークの夢の国、開催

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この週末、275人ほどが、サンフランシスコの南60マイルほど、ワイン地帯の真ん中の小さな町Sebastopolに集まり、Foo Camp 2008に参加した。メンバーはテクノロジー専門家、大学教授、研究者、エンジニア、大企業の幹部、ビリオネアの起業家、学生、プレス、それになんと宇宙飛行士も混じっていた。

このメンバーの共通点はひとつ―テクノロジーが好きなことだ。Foo CampのFooというのはFriends of O’Reilly〔オライリーの友達〕からきているというが、毎年、O’Reilly MediaがSebasopolの本社で催している3日間のイベントだ。O’Reillyが用意するのは、みんながテントを張れる巨大な芝生のスペース、食べ物と飲み物、トイレ、Wifi、それから格子の線が描かれたばかでかい1枚の白紙だ。


このイベントにはテーマやスケジュールはない。誰かが何かについてセッションをやろうと思ったら、ばかでかい白紙のしかるべき位置に名前を書けばよい。すると参加者はいつどこでセッションが開かれるのかわかるという仕組みだ。どのセッションに出るかは自由だ。期間中、いつでも15かそこらのセッションが開かれている。参加者は2人のこともあれば75人のこともある。

今年のセッションにはたとえばこんなのがあった。元宇宙飛行士によるスペースシャトル操縦法。ニュースの将来。ユーザー生成メタ・データ。バーチャル・ワールドの統計。ソーシャル・ネットワークの非集権化。オンラインの「荒し、粘着」。

日曜日に、Tim O’Reilly、Danny Sullivanと私は「検索における競争」についてセッションをホストし、議論を戦わせた。実はわれわれ以前に この問題をブログ上で議論した。これはその続きだったが、今回はリアルタイムで聴衆の前での討論だった。(聴衆には議論の対象になっている会社の社員が参加していた)。

こういったセッションはみな非カンファレンス方式で行われた。つまり講演者がいて聴衆がいるわけではない。セッションのホストは討論を調整するためのリーダーの役割を果たすだけだ。聴衆の議論への参加は単に奨励されているだけではなく、たいへん活発に実践されていた。(右の写真は、Esther  Dysonがホストするユーザー生成メタ・データについてのセッションでWikipediaのファウンダー、Jimmy Walesが発言しようとテーブルの横で手を挙げているところだ)。いつ、どのセッションをとってもたくさんのすばらしいメンバーが参加しているので、議論は興味深いものになったが、時として、てんやわんやにもなりがちだった。

Foo Campのセッションでの発言はすべてオフレコ、という建前だが、メンバーはたいていかたっぱしからTwtterで内容を報告していたようだ。その他、会場での雑談もすべてオフレコ、ただし当事者すべてが合意すればその限りでない。もっともそういうことはめったに起こらないが。こういうルールのおかげで、人々は忌憚なく自分の考えを述べあっていた。ブロガーやプレスにとっては、店一杯にキャンディーが並ぶ店に入ったのにお金をもっていないようなもどかしさを感じるイベントだ。無数の面白い話を聞き、自分でもしゃべれるのだが、それについては何も書けないのだ。

セッションの内外でギークな議論で夜を更かす合間に、ガジェットを試してみることもできた。(私は初めてSegwayに乗ってみた。それから巨大な液晶画面で3Dビデオを見た)。夕方にはビールとワインが振る舞われた。夜にもっと強いアルコールも出た。今年はみんなWerewolfというソーシャルゲームに興じるなどして明け方まで騒いでいたようだ。私は昨年のFoo Campでは中毒性の高いゲームにはまってひどい目にあったのを教訓として、今年はゲームには手を出さず、セッションの合間には多少の睡眠を取ることを心がけた。

Foo Campの過去の参加者は次の年の春になると招待を心待ちにするのだが、多くは失望することになる。というのはO’Reillyは半数を常に初参加者に充てているからで、つまり参加者の多くは1度参加しただけで2度と参加できないことになる。そういったわけで同じ参加者と2度も3度も顔を合わせることはめったにない。

Foo Campはパーフェクトではない―特に「招待のみ」という閉鎖性は長らく批判の的になってきた。Foo Campに対抗してオープン版のBar Campが2005年の春に立ち上げられ、以来「誰でも来い」方式の同種のイベントが世界中で開催されている。

しかしそういった問題はさておいて、Foo Campがスペシャルなイベントであることには変わりない。参加者は世界を変えるような新しいアイディアをいくつか仕入れ、その後もつきあいが続くような新しい友達を作ることができる。ここには私が考えるシリコンバレーの魅力そのものがいっぱいにつめこまれている。しかもベンチャーキャピタルの流れにまかせての浮き沈みのくりかえしに気を散らされることもなく楽しめるイベントなのだ。


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(翻訳:Namekawa, U)