MySpaceの新トップ、Owen Van NattaのProject PlaylistでのCEOぶりは惨憺たるもの

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MySpaceの新しいCEOOwen Van Nattaが選ばれたことに関しては数々の疑問が存在する。その一つはVan Nattaと彼がこれまでCEOを務めてきたProject Playlistとの関わりをNews Corp.(MySpaceの親会社)が勝手放題に書き換えている点だ。Van NattaがProject PlaylistからMySpaceに移ったのは「ごく自然な成り行きだった」としているのだが、これほど事実からかけ離れた説明もない。さらにVan Nattaがわずか数カ月CEOを務めただけでProject Playlistをどんなひどい状態に陥れたかについても知らぬ顔だ。

News Corpが述べたてるところはこうだ。「小さなスタートアップのCEOが大きな会社のCEOにスカウトされることほど自然な成り行きがあろうか。移籍は整然と行われ、Project Playlistは十分な経験を有する新しいCEOを得ました。さ、行った行った。ここにはもう何も見るものはないよ」。

が、真相はこうだ。Van Nattaは2008年11月、つまりわずか5か月前にProject PlaylistのCEOに就任した。彼は投資家と社員に対し、長期的な視野で経営に当たることを約束した。彼は会社を成功に導くためと称して、そっくり新しい経営陣を連れてきた。Van Nattaは新しいチームにBob PittmanがProject Playlistに投資していると言って安心させた。これ自体は事実だった。しかしVan Nattaは実際に調達できた額はずっと少なかったにもかかわらず、 同社が$20M(2000万ドル)の新たな資金を調達したという噂を流した。しかも彼は「レコード・レーベルとの交渉はすぐにも妥結する、訴訟は示談にできる」などと言って実はレーベルとの交渉が暗礁に乗り上げている事実を過少に伝えた。その挙句、Van NattaがいきなりProject Playlistを放り出したので、同社はあわてて新しいトップを探さねばならない羽目に陥った。そこですでに〔CEOを監督する立場の〕取締役会に加わっていたJohn SykesがやむをえずCEOの地位に就かざるをえないことになったのだ。

われわれの聞いたところでは、Van Nattaが音楽レーベルとの訴訟問題について楽観的すぎる言辞を弄したことが同社のつまづきの直接的原因だという。レーベルはPlaylistを閉め出さなければMySpaceとFacebookも訴えると脅した。両社はすぐに腰くだけになり、Playlistは主要な配信チャンネルを失うことになった。MySpaceは12月19日に禁止し、12月23日にFacebookが続いた。レーベルの事情を知る情報源によると、Van Nattaが勇ましい強がりさえ言わなければレーベルはMySpaceとFacebookにそのような脅しをかけることはなかったはずだという。

Project PlaylistのトラフィックはVan Nattaが就任してから急降下している。comScoreによると、2008年の10月、Van Nattaが就任する前の月には、アメリカ国内の訪問者は70万4千だった。2009年3月にはわずか 23万4千に減っている。ページビューも10月の960万から3月には600万へと、やはり劇的に減少した。下にトラフィックンのグラフを載せる(ユニーク訪問者が上、ページビューが下)。


Van Nattaが「訴訟はすぐに片付く」などと約束してレーベルを激怒させなければ、MySpaceとFacebookへの強硬な抗議も行われず、トラフィックも上昇を続けただろうとレーベル筋は語っている

今のところVan NattaはProject Playlistでの惨憺たる実績は早いところ忘れてもらって、それ以前のFacebookとAmazonでの業績だけを強調したいところだろう。Van NattaはProject PlaylistをLinkedInのプロフィールにまったく載せていない(アップデートのために5か月も時間があったにもかかわらず)。

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(翻訳:Namekawa, U)