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Webは「静的ページ」から「リアルタイムストリーム」に変貌, 飛び込んで流れを加速せよ

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インターネットが再びその姿を変えつつある。情報が、従来のように既存のWebページからではなく、最近はますます、リアルタイムのストリームの形で配布され提示されるようになっている。この傾向は、初期的な段階にすぎない今日ですら、はっきりと感じ取れる。大小さまざまなWeb企業がこぞって、リアルタイムストリームを前面に打ち出しつつある。Twitterだけではない。FacebookもFriendfeedも、そしてAOLもDiggもTweetdeckもSeesmic DesktopもTechmemeもTweetmemeもUstreamもQikもKyteも、さらにブログやGoogle Readerまでも。今や、Webの全域をストリームが這い回り、しかもそれらすべてがまさに「同じ今現在」に貫かれている。.

このリアルタイムストリームの構築は、かなり前から始まっていた。その始まりはRSSだが、それは今ではものすごく強力で迅速な情報配信手段になり、定期的なニュースや思考の更新だけでなく、コンスタントなコミュニケーションやステータスアップデート、思考や写真やビデオなどを瞬時にして共有化するためにも、広く使われるようになっている。

このことは、情報の消費の仕方にどんな影響をもたらすのだろうか? BetaworksのJohn Borthwickは、リアルタイムWebは重要な投資機会だと考えている(Betaworksの傘下企業は、Twitter、bit.ly、Tweetdeck、Chartbeat、Tumblrなどだ)。彼は、自分もほかの投資家たちもまだ手探り状態だと認めつつ、“Distribution . . . now”と題する記事でこんな考え方を述べている:

何よりもまず、ここから生まれるものは新しいメタファだ。「ストリームで考えるかvs.ページで考えるか」というメタファ。

Webの最初の設計では、読むことと書くこと(編集)が同等に配慮されていたが、しかしこれまでの15年間は「ページを読む」というメタファが主役だった。それは従来の「本」でおなじみの形であり、またWebのアーキテクチャも、ページ、ブラウザ、サイト等々、「読む」形に奉仕する要素が中心だった。それらは静的であり、しかも一方向的だった。それに対してストリームのメタファは、動的である。それは、一つのページの中に囲われて生き続けるものではなく、活発に進化し続けるものである。

ストリームとは、リアルタイムな情報の動的な流れだ。われわれはユーザとして、また参加者として、この流れに身を浸す。われわれはこの流れに、出たり入ったりする。参加者であっても観察者であっても、どちらもこの流れの一部になる。

ある意味では彼は、自分の投資戦略を合理化しようとしている。しかし彼が正しいなら、情報がページから、渦を巻く流れに変わっていくことによって、Webビジネスそのものも変わらざるをえないだろう。とくにそう言えるのが、メディアビジネスだ。わき起こるストリームは、Web上のメディアの配布形式の革新を迫る。YahooやAOLのような大手デスティネーションサイトは、新興勢力である検索やソーシャルネットワークよって配布ハブとしてはすでに弱体化し、完全に無視されようとしている。AOLが今では、そのホームページBebo、AIMなどなど、同社のサービスのあらゆる部分にストリームをくっつけようとしているのも当然の動きだ(Yahooもストリームに乗じようとしているが、今でも、主に(従来のような)トラフィックセンターや配布ハブとしてやっていく気のようだ)。

ストリームがWebページや検索に置き換わるわけではないが、それらを完全に変えてしまう可能性は秘めている。すでに、新しいユーザインタフェイスとしてストリームを採用するWebページもある。Webページは最近ますます、同一の静的情報の提示から、その時点でいちばんふさわしい、いちばん適切な情報ストリームの提示へと、その姿を変えつつある。そしてデータのストリームが至る所に広がっていくに伴い、検索がもっとも重要なナビゲーションツールになってくる(カーナビならぬ“Webナビ”としての検索だ)。Borthwickはこう指摘しているt:

この新しい世界では、トラフィックが均一に分散しない。一つのサイトに突然、トラフィックの集団が殺到したりするのだ。

今人びとがいちばん関心を持っているものに向かって、各種のサービスから、トラフィックがバースト(burst, 一度にどかっと大量に)で殺到する。誰かがTwitterの上であるおかしなブログ記事のことをちらっと発言すると、それがFriendFeedやFacebookにも伝わり、TweetdeckやSeesmic Desktopのようなデスクトップのストリームリーダーにも流れて、その記事に何十万もの人が群がることになる。ストリームが作り出すこのような新しい配信形式は、ライセンスすること(許可制+有料制)も制御することも不可能だ。

問題は、これまでよりもずっと規模の大きい、情報の過剰だ。この洪水に溺れないようにするためには、どうしたらいいのか? Borthwickは、ストリームを管理できるという考えを捨てろと言う。自分の友だちのつぶやき、自分自身のアップデート、自分のブログ記事、Flickrにアップした写真、YouTubeで見つけたビデオ等々、そういった個人的な情報でも、これからはストリームの大渦に飲まれてWeb全域へ広がっていく。

これはもはや、自分で空にできるインボックス(メールの受信箱)でもないし、スクロールして自力でいちばん下(最後)を見ることのできるWebページでもない。それは自分の意思で身を浸すことのできるデータの流れであるが、その全体を見ることは不可能である。

だから、ストリームの中へ飛び込んで、流れに身をまかせるとよい。あるいは、びくびくと岸辺に立ちすくみ、全員が飛び込むまで待つか…。

(写真提供: Flickr/Justin Lowery)

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(翻訳:hiwa)