[jp]情報の公開と非公開のジレンマ…SNSは過渡期的な文化にすぎないか?

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実際はほんの数年前なのに、個人的にはかなり昔のような気がしているが、mixiが人気サイトとしてもてはやされるようになったとき、自分のホームページ上のエッセイに「せっかくオープンな情報公開/交換の場であるはずのインターネットの上に閉じた村を作るなんて」とmixiのワルクチを書いたことがある。

今、ユーザ数が「千万」のオーダーに達したmixiは、玉石混淆のほとんど制御不能なサイトになり、そこを無理矢理制御しようとして、人畜無害なコミュニティまで削除してしまった、などの問題が生じていることは、みなさまご承知のとおりだ。言い換えると、「村」どころか、諸悪すべてひっくるめた「都市」の様相を呈しているようだが、しかしそれでも、古典的ソーシャルネットワークシステム(SNS)の文化的資質として、情報のフリーでオープンな公開/交換/共有の場にはなっていない。

つい先日は、うちの家族が開設している動物愛護サイト…捨て犬捨て猫の写真を掲載して里親さんを募集するページ集…に、保護した犬の写真掲載の依頼があった。子犬ではなく成犬だ(子犬なら比較的簡単に里親さんがつくが)。ところが、それから数日後に、「mixiの上でその犬を探している飼い主が見つかった」という連絡があった。つまり、捨て犬ではなく迷い犬だった。

それで、この件は、ああ良かった良かったで終わったけど、それはほとんど奇蹟に近いできごとだったと言える。保護した成犬が捨て犬でなく迷い犬である確率(== less than 1)と、その飼い主がmixiという特定のネットワークの上で見つかる確率(== less than 1)を掛け合わせた数値を想像すると、奇蹟と言った意味がお分かりいただけるだろう。

インターネット上のもっと理想的な形は、「いなくなった犬を探している飼い主が必ずそこに写真とメッセージをアップするサイト」があって、そこに「犬を保護した(または見かけた)人が写真と記事をアップできる」ことだ。これはSNSではなくて、完全にフリーでオープンなサイトでないといけない。今のインターネットは、Googleをはじめとして検索の全盛期のような様相を呈しているが、残念ながら、多数ある個人的な動物愛護サイトを、『犬の特徴』で検索することは不可能である。画像検索がよっぽど高度化した超未来でないと無理だ。

(余談:保護した犬の飼い主が現れたというケースは、うちでもこれまでに何件かあったが、その情報ルートはすべて保健所または警察署。インターネットではない。犬がいなくなった人は、保健所への届け+警察への届け+写真入り新聞折り込みちらし、この3点は必ず励行すること。)

さて、そういうわけでインターネット上の情報はすべからくオープン(一般公開、英語的にはpublic)であるほうが望ましいし、社会の利益にもかなう。アメリカのSNSの最大手Facebookは、最近、このことに激しく目覚めてきたようだ(もちろん、ビジネスとしての動機…このままじゃTwitterに負ける!?…もからんでいるはずだが)。しかしそれは、SNSの反SNS的な路線への転換ともいえる。

Facebookはまず、今年の3月に、プロフィールのデフォルト設定を、それまでのprivateからpublicに変更した。だから今では、プロフィールを書いて単純に登録すれば、それは完全な公開情報だ。検索可能だから便利だというメリットは、マーケターや広告主にとってだけとは限らない。友だち候補を探すのにも、便利なはずだ。

それから6〜7月にかけては、Facebookの新しいプライバシー制御機能に関する、抜本的な新方針が発表された。内容が多いので、ここでは詳しい説明を略するが、記事中の画像を見ると、だいたいのことはお分かりいただけると思う。

そして、その新方針の中で、とくに今後問題になりそうなのが、各ユーザのステータスアップデートを一般公開するオプションだ。公開対象をEveryone(インターネット上のすべての人)と指定するので、Everyoneオプションともいう。Facebookとしては、サイトの、そして情報の、社会的利用価値を高めるために、指定はなるべくEveryoneにしてほしいのだ。

さらにごく最近では、“無差別フレンド制”という別名でも呼べそうな、Twitterの“フォロワー”のような機能まで、Facebookは試行し始めた。これまた、従来からのFacebookユーザにとっては問題になりそうな機能だ。

従来からのFacebookユーザとは、FacebookはあくまでもSNSであり、だから情報は当然のように非公開、と信じている人たちだ。Twitterのように、何でもかんでもオープンなところはこわくて使えないという人もいる。そもそもSNS、たとえばmixiなどは、従来の完全オープンなネットワークの上で、いろんないやなことや、腹立たしいことを経験した人びとが飛びついた「閉じた安全な村」ではなかったのか。

でも、閉じた村の中の情報は、われわれ一般の役に立たない。検索にもひっかからない。一方、SNSのコミュニティの情報は、最初から一般公開されている情報に比べてローカル性(地域、家族特性、世代特性、趣味特性、等々)が濃くて、場合によってはとても利用価値が高い(濃い)。だから私の気持ちとしては、ほとんどすべての情報をEveryoneにしてもらいたい。

完全に閉じたコミュニティは、Webのような本質的にオープンなスペースではなく、たとえばML(メーリングリスト)のような、物理的にも異なるメディアでやったほうが、はるかに安全、とも思うのだが…。

(お断り:日本語版TechCrunchは、少人数で大量の記事を翻訳していくため、“あんまり長い記事は翻訳しない”というルールでやっております。今回の、Facebookに関する重要記事も、そのためにいくつかは未訳です。すいません!)

写真: 江島先生(動物の眼科の名医)の作品を無断で使わせていただきました。

(筆者:iwatani(a.k.a. hiwa))