Zuckerberg、Y-Combinatorで過去と未来を大いに語る―「落第をFacebook流で切り抜けた」

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いったいTweetMemeの規模はどの程度なのか、なぜそれが問題なのか?


Facebookのファウンダー、CEOのMark ZuckerbergがY Combinatorが主催したスタートアップ起業家むけのStartup SchoolカンファレンスでJessica Livingstonのインタビューに答えた。以下ライブでメモした内容ををお届けする。

Mark Zuckerberg: ここに来られてうれしい。みんな…うちの社員に似てる。

Q: 少し前にさかのぼってお聞きしたいです。Facebookの前はどんなことをしていたんですか? そこで学んだことは?
A: だいたい自分の好きなものを作っていた。 大学に行くようになっていろいろなプログラミングに手を出した。そういえばこんな話があるんだ。期末試験の直前の週までFacebookを作っていて、どうしても落とせない講義があるのに全然勉強していなかった。美術のクラスでね。いろいろな美術作品について調べておかなければならなかった。試験の数日前に、なってもまだ何もやっていなかった。そこでぼくはサイトを作って美術作品の画像をアップして、みんなに解説を書きこんでくれと頼んだ。するとこれがその講義を受けている全員にとって便利な勉強のツールになったんだ。皆がそこに講義のノートや自分で調べた情報を書きこんでくれた。試験の後で教授はこのクラスの成績は近来まれに見るほど優れていたと言ったよ。これがぼくの最初のソーシャル体験といっていい。ぼくはFacebookでまずやりたかったのはハーバード大学、それから他の大学をもっとオープンすることだった。

Q: 最初のFacebookユーザーはどんなふうに使っていたんですか?
A: 最初のFacebookの機能はとてもシンプルでね。誰が誰か調べることができるだけだった。メッセージ機能もなかったし。プロフィールを見て、ポークする(関心があることを伝えるだけのFacebook特有の機能)だけ。他の機能は後からだんだん付け加えたんだ。よく「すぐにローンチして後から改良しろ」と言われるが、Facebookは典型だろうね。Y-Combinatorは「人々が欲しがるサービスを作れ」とプリントしたTシャツを作ったが、そのとおりだ。

Q: 過去に失敗したことについて話してください。
A: どこから始めようか。(少し考える) どんな話が聞きたい?
とにかく最初は会社ですらなかった。ぼくはハーバードで友達といっしょにFacebookを始めたんだが、彼らはとても頭が良かったが、Facebookには対する取り組み方の真剣さはまちまちだったね。シリコンバレーに移ってくるときに、引越しをいやがって離れていく仲間が大勢いた。そいうわけで、オリジナルのファウンダーのグループはこのときに解体してしまった。ぼく自身はビジネス面にタッチする気は全然なくてね。Eduardoって仲間がFloridaLLCという会社を設立してくれた。いまだにどこが悪かったのかぼくにはよく分からないんだが、こっちに来たら弁護士が、まずそいつがいけないといってすっかりやり直しするように言われた。たしかにぼくらは最初、事業がこんな規模に成長するとはまったく考えていなかった。とにかく役にたつものを提供したかったんだ。ところがぼくらはFacebookに理解のありそうなオープンな大学を選ぶ代りに、アメリカでもいちばん閉鎖的な大学を選んでいた。ぼくらはFacebookをまずスタンフォード、コロンビア、イェールに持ち込んだ。こういう大学にはすでに伝統あるコミュニティーが確立している。こういう大学でFacebookが人気を集め始めたんで、ぼくらはこれはひょっとして本気でやっていく価値があるんじゃないかと気づいたわけだ。ぼくらの仲間は役に立つすばらしいサービスを作ることに情熱を燃やす人種だ。シリコンバレーでは逆の場合が多い。冗談のタネにもなっているね。会社を作りたいががために会社を作る―しかし何も提供する価値がない、という例だ。われわれは価値あるサービスを提供しようとした。

Q: そこにスタートアップのジレンマがありますね。ユーザーが増えなければ価値が生まれない、という。(ニワトリとタマゴの問題)
A: Facebookは本質的に口コミで広がったサービスだ。いろいろなサイトが外部のサイト、ネットワークから友達リストのインポート機能を備えているが、実際にはあまり役に立っていない。Facebookには実に役だつ機能になった。しかしFacebookに外部のサイトの友達をインポートするツールを追加したのはスタートしてから何年かたってからだった。これが膨大な数の新しいユーザーを呼び込むのに役立った。それまではキャンパスでのホントの口コミで少しずつ広がっていただけだった。今から考える驚きだが、学生のほとんどから要望が出て初めてその大学向けにFacebookをオープンしていた。というのは当時、われわれはすべての大学にFacebookをオープンする金がなかった。われわれは月85ドルのサーバをレンタルしていて、必要に応じて1台ずつ増やしていた。ダートマス大学でオープンしたときには最初の1晩で全学生の半分が登録したよ。

Q: Facebookへの最初の投資者は誰ですか? どうやって売り込みましたか?
A: ぼくは何よらず売り込みが下手でね。実際今まで一度もセールス・トークはしたことがない。Eduardoは少しやったかな。こっちに来て最初の投資家はPeterThielだった。Sean Parkerが財務管理を委託する会計事務所を紹介してくれて、Peterにも紹介してくれた。もうその頃には何十万というユーザーがいた。運営を続けさえすればますます拡大していけることは明らかだった。当時ぼくは19歳で、まるきり頼りなく見えただろうな。最初の2年彼がぼくにしたアドバイスというのはせっかくできかけたものを壊すな、ということだけだった。「人々の欲する製品を作れ」という基本に戻れ、と。最初はぼくらは何も知らなくてね。われわれはみなユーザーが次第に増えているからいいと。最初にPeterとミーティングしたときにはぼくらはFacebook.comさえ持っていなかた。TheFacebookだった。傑作な話だ。

Q: 今だったらそんなことはしませんよね?
A: 正しいドメイン名をまず取るね。この話の教訓? 最後にはドメイン名を手にいれることができたが、それには大変な手間がかかった。何万ドルも払う羽目になった。ぼくらはRegister.comを使ったが、この会社もミスしてくれた。Register.comの中心人物は今でも大半が同じ顔ぶれだ。経営者というのは経験から学んで能力を上げていくものだ。しかし起業当初は優秀なビジネス手腕を持った人材を得るのは難しい。さいわい、現在ぼくらは(元Googleの)CherylSandbergに来てもらうことができた。しかしぼくらが会社を始めた頃だったら、とんでもない話だ。彼女に来てもらうなんて不可能に�
�まっている。初めのうちにミスをするのは当然なんだ。後で着実に一つずつ直していけばいい。

Q: Facebookの経営の独自な点は?
A: 独自な点といっても、直接比べる相手がないんで独自かどうかよく分からないね。たとえばテクノロジー系ということになっているよその会社を見ても、技術の分からない人間が経営陣にたくさんいる。ぼくらはいつも会社の中心にエンジニアを置くようにしている。マーケティングもエンジニアの観点からする。技術重視はいわば会社のDNAみたいなものでぼくはとても重要な点だと思っている。Googleもテクノロジー重視の会社で、ぼくはとても尊敬している。しかし同じテクノロジー重視でも、ぼくらのところが成長するにつれて行き方が大きく違うことがはっきりしてきた。Googleの社風はアカデミックだ。非常に複雑な問題にエレガントな解法を考え出す。それに対してぼくらの社風はもっとハッカー風だ。とにかく役に立つ解決方法を素早く見つける能力がすごい。エンジニア1人あたりのユーザー数ではテクノロジー企業の中でもトップだろう。(エンジニア1人あたり100万以上のユーザーを担当している計算)。

Q: こうした環境を維持するためにどんなことをしていますか?
A: ぼくらはFacebookを働くのに魅力ある会社にしようと努力しているが、必ずしも社員を永久に引きとめておこうとはしていない。教育訓練に優れた会社もある。たとえばIBMだ。セールスを勉強することができるのでIBMに行った人々が長年にわたってたくさんいた。よいサービスを作ることを勉強するのにいちばん良い場所はFacebookだと言われるようにしたい。起業家になりたいならとにかく会社を作るのがいちばんだ。しかしFacebookで働くのも、ハッカー起業家にはよい経験になると思う。ぼくらのところで数年修行して、今度は自分の会社を作ってなにかすばらしいものを作る、というような連中が出てくればぼくらは誇りに思う。SteveChenはぼくらのところで少し働いてから独立してYouTubeを作った。もちろんだからといって、Facebookの社員に独立を勧めているわけじゃないよ。ただ、優秀なプログラマーに永久に留まっていてもらうのは無理だとちゃんと知っているということだ。

Q: 私たちは今まで多くの成功したファウンダーに「これほど大きくなると思っていましたか」と尋ねてきました。「こりゃすごい、こんなに大きくなるとは」と驚いた瞬間がありますか?
A: ぼくらはずっと成長を続けてきたので、それとともに将来への期待も大きくなっていったと思う。Facebookについて面白いところはこうだね。たくさんのファウンダーが「最初から大きなビジョンを持っていた」という。ところでぼくがハーバードで付き合っていた連中は、情報がますます豊富に利用できるようになるに連れて、情報のオープン化のトレンドも進行するだろうと考えていた。ぼく自身は当時そういう大きなトレンドに影響を与えられるようなことができるとは思わなかった。そこで自分なりのちょっとしたプロジェクトを始めたわけだ。それがいつの間にか大きくなった。数年たって、おや、ぼくらはそうした情報のオープン化のトレンドにインパクトを与えているのかなと話し合うようになった。その頃、ぼくらの同級生が大学を出てもFacebookを使い続けているのが分かった。それでぼくらはこのサービスはかなり普遍的なものになれるんじゃないかと気づいたわけだ。

Q: 規模の拡大で困難に直面しましたか?
A: それはある。当初ぼくらは規模の拡大を抑えていた。それは金がなかったからだ。金ができると月$85のサーバをもっと借りた。最初に大規模な資金に成功したときにぼくらが下した最大の決定はユーザー数の増加させることに踏み切ったことだった。景気も好調だったし、われわれはキャッシュフローが黒字になった。当初われわれはユーザー数を意識的に抑えていた。処理に手間のかかる機能、特に写真なんかは大変だった。写真機能の追加のときには全社員がほとんど眠れなかったと思う。あれはクレージーだった。

Q: 大企業を経営するようになって学んだことがありますか?
A: あんまり学んだような気がしないけどな(笑)。ただテクノロジー企業は小さければ小さいほど素早く動ける。大きくなっても小さかった頃のように身軽に動けるようにしておかなければいけない。そうでなければ次第に惰性の力が勝ってしまう。このスタートアップ・スクールに前回来たときぼくが言ったのは、きみらに「これこれは不可能だ。その理由はこれこれだ」だと説教する人がいるだろうが、そんな後ろむきの説教に耳を傾けてはいけない、ということだった。どうもそれが文脈を離れて一人歩きして、ぼくが経験の価値を否定しているというように伝わったらしいが、そういうことではない。ここにきている諸君は皆な何かをなし遂げようと決意している人たちだと思うので、誤解はしないだろう。


聴衆からの質問

Q: われわれはFacebookでたくさんの人々の個人の歴史をたどることができます。この情報を2000年後の人々に伝える方法を何か考えていますか? すべてデジタル情報ですよね。後世の人々にデジタル情報を残すにはどうしたらよいでしょう?
A: ぼくはけっこう長期的な視野でもものを考えているつもりだけど、そこまで長期的には考えていなかったね。負けた。ただ、ずっと前にMarc Andreessenがぼくに「Microsoftはものすごく長期的な視野を持っている。それで強いんだ」と言った。質問に戻ると、ぼくらは皆、情報のオープン化という大きなトレンドの中にいる。多くの企業が目的意識を持っている。しかしそれは永久には続かない。Microsoftは最近Windows7をリリースした。しかしこれからはOSのイノベーションの余地は少なくなっていくだろう。以前、非常に長いこと、テクノロジーの世界にとってOSのイノベーションが最大の事件であるような時代が続いた。これからはオープン化のためのチャンネルを拡大することがもっと重要になっていくと思う。質問への答えになるかどうか分からないが、テクノロジーが健全な発達を続ければ、やがて未来に情報を確実に残していく方法についても解決策を提供する会社が現れるだろうと思うね。

Q: あなたnついて聞いた話なんですが、報道によると「必要とあれば何でもするのがもっとも革新的な会社のあり方だ」と言ったそうですね。その発言の真意を説明してください。
A: 「リスクを取らないのが最大のリスクだ」とぼくは日頃よく言う。この進歩の激しい世界で、変化できなければ敗亡するほかない。変化というのは特にウェブサービスでは一部のユーザーには不快なものだ。慣れ親しんだ環境が変わることを嫌うユ�
��ザーは多い。しかしウェブ・サービスでは複数のバージョンを作ることはできない。ユーザーには一つのバージョンだけを使ってもらうことになる。ぼくが以前に身軽に動ける会社を作らねばならないという話をしたとき、誰かが「優れた機能は必ず賛否両論が出る」と言った。ぼくらは身軽に動くためには多くのものを犠牲にする覚悟がある。プログラムのプラットフォームは単一でなければならない。(新しい試みとしてぼくらはFacebookLiteをテストしているが、これにはY-Combinator出身者が多くかかわっている)。

Q: 議論を巻き起こさないように公の場で発言するために何か気をつけていることがある? 2006年頃から比べるとだいぶ発言がおとなしくなったような気がする。
A: まだこれでは足りないのかな? ぼくの言うことは面白くなくなった?
Q: どうもそんな気がするね(聴衆から笑いとブーイング)
A: 議論を巻き起こすような質問が出なかったせいだと思うよ。

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(翻訳:滑川海彦/namekawa01